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素直な気持ち

「いちいちあんたはうるさいのよ!!」
「だったら言わせないでくれよ!!」
 あ……まただ。また二人が喧嘩をしてる。
 今日もいい天気で、皆は島に上陸してて、残った俺はカモメたちと話をしていたんだ。そしたら怒鳴り声が聞こえてきて、それは彼らが驚いて逃げてしまうくらいだった。俺もビックリして見張り台から落ちそうになった。
 俺は誰かが怒ったり怒鳴ったり泣いてたりしてると、もうどうしたらいいのか判らなくてただオロオロするだけなんだ。だからいつも他の仲間に相談しに行く。
 ルフィは話を聞くなり「行こう!」と言うんで俺はヒヤヒヤする。ウソップは何かいい方法はないかと一緒に考えてくれて、ゾロは「放っておけ」と一言だけ言うだけで、ロビンは心配する事はないから何もしちゃダメだと優しく言ってくれる。
 え? サンジとナミ? だって喧嘩してるのってあの二人が多いんだよ。で、他の皆がサンジとナミが喧嘩してる時に相談したらほぼ間違いなくそういう反応なんだよな。でも、俺はルフィとウソップに相談した時はちょっと後悔する。だって、一緒に行って何とかしようとすると、怖いナミが怖い顔で殴るんだ! サンジはいつもは口では俺をシチューにするとか非常食だとか言うけど優しいんだって知ってる。知ってるけど、ナミと喧嘩した時は近づいちゃいけない。ナミの次に怖かったから!
 ロビンとゾロは何もするなって言う。その通りにしてたら気がつけば二人は仲直りしてる。だから二人の言うように何もしないのが一番なんだと思う。思うけど……目の前で喧嘩されてしまうと俺はやっぱりどうしていいのか判らずに慌ててしまうんだ。
 サンジって女好きだから、女を怒るなんてしないと思うし自分でもよくそう言ってる。でも、ナミが相手だとよく怒ってる。ナミがサンジを怒ってるのは……2倍、いや……3倍? いや……え〜っと、とにかくそれくらい怒ってる差はあるけど、俺はビビやロビンを怒ってるサンジは見た事がない。だからサンジはナミにだけ怒るんだと思う。本当はサンジってナミの事が嫌いなのかと思うんだけど、仲直りしたらナミの事をうるさいくらい好き好き言ってるから違うとも思う。ハッキリ言ってよく判らない。ナミはサンジの事をどう思ってるんだろう?
 ナミがサンジを呼ぶと、他の誰かと喋っていてもサンジはすぐにナミの所に飛んでいく。何を言ってもハイハイと言う事を聞く。ナミがサンジを殴ってもハートを飛ばしている。周りがナミの事を冷たいな、怖いなと思っても、一人でナミを褒めてる。そんな時俺は首を傾げる。だって、殴られたら痛いのに何で喜ぶのか判らないじゃないか! サンジは変態なんだ! たん瘤だってハートにするから変態だ! 女が好きだからサンジはやっぱりナミの事も好きなのかな? 見ていたら判らなくなるけど。
 ナミの方はもっとよく判らない。嫌いじゃないとは思う。1回だけ、ナミがサンジを見ていたのを見た事があって、その時の顔は嫌いっていう顔じゃなかった。サンジが気づいたらその顔はすぐになくなったけど、何で変わったのか解らないけど、あれはサンジが嫌いっていう顔じゃないのは俺にも解った。でも見たのはあの時だけだったから、ナミがサンジを好きなのかは判らない。
 そしてまた今日も喧嘩してる。最初は静かだったのに何があったんだろう。そう言えば、島に上陸した後で喧嘩してる事が多いな。あの二人と買い物に行った事は多いけど、一緒にいる時は楽しそうにしてるのにな。……あれ? やっぱり二人は嫌い同士じゃない? 嫌いだったらあんなに楽しそうにしないもんな。
 見張り台から見てたら、キッチンのドアが開いてナミが出てきた。ここから見ても怒ってるのが丸わかりな歩き方だ。そのすぐ後にサンジも出てきた。そう言えば、気づいたらあの二人はいつも二人でキッチンにいるなぁ。ウソップがよく追い出されたって部屋に戻ってきた事もあったっけ? そろそろサンジが謝るのかなと思ったけど、サンジもまだ怒ってるみたいだった。えー? 長引くのか?
 二人が喧嘩しててナミが謝るのを俺は聞いた事がない。サンジが謝ってるのはよく見る。そしてそれは喧嘩が始まってすぐの事が多い。やっぱりサンジもナミが怖いんだなって思う。サンジが謝らない時は長引く。それはもう迷惑なくらい長引く。だってナミは謝らないからサンジが謝らないと終わらないのに、サンジが謝らないからだ。皆は迷惑だって言うんだけど、そんな時のサンジは絶対に折れない。ナミはそれを見てますます怖い顔になるんだ。ああほら、怖い顔してるよ……。これは長くなるの決定かな? サンジって勇気あるよなぁ。いつもはナミを怒らすと怖いからすぐに謝ってると思うのに、たまにこんな事するんだからな。やっぱりサンジは変態なんだな、うん。
 どうしよう……。今、皆いないのに。相談しても同じ答えが返ってくるんだけど、言わないと俺は不安なんだ。本当に困ったな……。でもこのままだとご飯を作ってもらえなくなるかもしれない! それは嫌だ! オ、俺が何とかしなくちゃいけないのか!? そうなのか!? ……怖いな。
 ツンツンと肩を突かれた。一羽の頬部分に傷の付いてるカモメが戻ってきてくれた。さっきはビックリしたけど、あの二人の怒りのパワーが凄すぎて皆が怖くて身動きとれないらしい。俺も困っていると言ったら、人間と話せるトナカイなんだから何とかしてくれって言われた。そう言ってるカモメのリーダーはブルブル震えていた。そうだよなぁ。カモメは人間と話せないもんなぁ。俺はカモメたちに比べたら慣れてしまってるのかなと凄く怖がってるカモメを見て思った。結構修羅場をくぐり抜けてきたカモメのリーダーなのに、こんなに震えさせるなんてナミは凄いなと思った。あ、今回はサンジの分もあるか。
 こんな空気の中で平然としている俺を見て、デキる奴だ兄貴だとか言われて、俺は嬉しくなった。でも、俺は男だから子どもみたいに大喜びしてはいけない! 「うるせー! そんな事を言っても嬉しかねェぞ!」とカモメに言いながら、そんなに言うなら俺に任せろとドンと胸を叩いた。カモメのリーダーは例えるなら人間が親指を立てるかのような仕種で「グッドラック!」と言った。頼まれちゃ仕方がねェよな! 俺は兄貴なんだ!
 早速見張り台を降りたら二人の姿は消えていた。どこに行ったんだろう? まだ喧嘩中という事は一緒にいないからサンジはキッチンに戻ってナミは女部屋かな?  どっちも怖いんだけど、どっちの方に話を聞きに行ったらいいんだろう? いや、怖いからやっぱり止めようかな? そう思って見上げたら、カモメのリーダーが俺を見ていて、再び羽を器用に形作って「グッドラック!」と言っていた……。
 う……よ、よし! ナミの所に行こう! え? ナミの方が怖いのに何でかって? だってサンジが謝らないんだぞ? 謝らないって事はサンジも怒ってるって事だ! んで、うっかり近づいたら何されるか判ったもんじゃない! ナミだって怒ってる時は一番怖いけど、サンジに怒ってるんであって俺に怒ってるワケじゃないから、サンジに近づくよりは大丈夫だ。……多分。
 恐る恐る倉庫のドアを開けて中を覗いてみた。音はしてない。俺は良かったとホッと息を吐いた。部屋でナミは暴れていないみたいだ。そして女部屋の戸を持ち上げてみた。
「……ナミ?」
 小さな声で名前を呼んでみた。でも返事がない。聞こえなかったのかなと思って、そっと中に入って中を覗いた。でも見える所にナミはいないから、俺は静かに戸を塞いで階段を降りてみた。
 ナミは思った通り部屋にいた。階段の傍に置いてある机の上に突っ伏していた。でも静かなんで寝ているのかなと思った。音を立てないように最後の階段を降りて、なんて声をかけたらいいかなと考えていた。
「何か用?」
 ナミの声がして俺は飛び上がって驚いた。ね、寝てたんじゃなかったのかよゥ!?
 俺が驚いているのをナミは目を大きくして見ていた。ナミも驚いたのかな?
「何だ、チョッパーか……」
 それだけ言うと、ナミはまた机に突っ伏した。さっき呼んだんだけど、声が小さすぎてナミには聞こえてなかったみたいだ。という事は、ナミはサンジが来たと思ったのかな? サンジが来て謝ると思ったのかな?
 というか……何か変だ。ナミって怒ってたんじゃなかったのか? さっきみたいにカモメたちを怖がらせたくらいの怒りが今は伝わってこない。怒りよりも……何かがっかりしたように感じたんだけど?
「なぁ、ナミ……」
 話を聞かせてもらおうと俺が声をかけたら、ナミはいきなり振り返って俺を抱き上げてぎゅうと抱き締めてきた。すごく苦しい。こんな風にされるのはよくあって、その度に俺は逃げ出すんだけど、今は何かいつもと違う気がして俺は腕の中からナミを見上げた。するとポタッと水が顔にかかった。水? 何で水がと思ったけど、すぐにそれが涙だと判った。
 ナミってよく怒ってるけど、それ以外ではいつも笑っている。泣いてるナミなんて俺、見た事あったっけ? そう思うくらいナミは泣いた事がない。なのにナミは泣いていた。俺は急に不安になって、腕を何とか出してナミの頬に伸ばした。するとナミは驚いて俺を見ていた。
「チョッパー?」
「ナミ、何で泣いてるんだ?」
「え……?」
 片手で俺を支えると、ナミは慌てたようにもう一方の手を自分の頬にあてた。そして涙を拭った。黙って見ている俺をソファに乗せると両手で残りの涙も拭いていた。
「変なとこ見られたわね」
 首をブンブン振っていた俺に、ナミは困ったように笑った。何でもないのよと言われても、ナミの涙を見てしまった俺には何でもないなんて思えなかった。
 ナミはさっき凄く怒っていたけど、サンジと喧嘩して悲しいって思ったんだと俺は思った。ナミはサンジが嫌いじゃなくて好きなのかなと思った。だったら前に見たあの顔は、サンジが好きっていう顔だったのかなと思った。そう思うと納得できるなぁと思った。
「チョッパー?」
 どうかしたのとナミは聞いてきた。怒ってるナミから話を聞くのは怖いと思ってたけど、今のナミなら大丈夫かなと思った。
「ナミは悲しいのか?」
「え?」
「泣くのは悲しいからだろ?」
「……うん。そうね。悲しいかな」
「サンジと喧嘩したからか?」
「……何で?」
 聞いたら正直に答えてくれたから、聞きたい事を聞いてみた。でもナミは怒らなかったので、俺はだったら大丈夫だと思ってちゃんと聞こうとナミに質問した。
「さっき見張り台からサンジとナミが喧嘩してるのが聞こえたんだ」
「……」
「そしたらサンジが怒ってたからビックリした。サンジ、怒ったんだよな?」
 ナミの目を見てそう言うと、ナミは俺から目をそらした。
「……そうみたい。でもチョッパーはそれを聞いてどうするつもりなの?」
「え? 俺は……仲直りしてほしい」
「……そっか」
「ナミは謝らないのか?」
「何でよ?」
 急に声の調子が変わって俺はビビッた。でも、目はやっぱり悲しそうなままだった。
「……サンジが怒って、喧嘩して、ナミは悲しい。それって自分が悪いって思ってるからだろ? 違うのか?」
 俺を見つめていたナミは、大きく溜め息をついた。
「あんたみたいな子どもにまでそんな風に思われるなんてねー」
「俺は子どもじゃねェぞ!」
「はいはい」
 俺を膝の上に乗せていたナミは、そう言って俺の頭をポンポンと軽く叩いた。そしてぎゅ〜っと抱き締めて俺に頬ずりしてきた。普段だったら俺は暴れるけど、今日は特別だ!
「……そうね。サンジ君が怒るなんて滅多にないから、始めは物凄ぉくムカつくんだけど、後で悲しくなるかな?」
 物凄くと言った時に、潰されるんじゃないかってくらい腕に力が入ったが、俺は子どもじゃないから我慢した。ナミはやっぱり怒られてしょんぼりしてたんだな。
「ナミは、サンジに怒られたらこうやっていつもしょんぼりしてたのか?」
「え……? う〜ん。そうかもね」
「謝らないのか?」
 ナミが謝ったのを俺は聞いた事がない。俺がこんな事を言っても謝らないだろうなと思ったけど、喧嘩して仲直りしたいのなら悪い方が謝るしかない。
「……謝ろうかな」
 だからナミの言葉にビックリした。
「何よ?」
「ナミは謝るのか!?」
「……ちょっと、それどういう意味よ?」
「だ、だってナミは謝った事ないじゃないか!」
「失礼ね! 私だってサンジ君に謝るわよ!」
「ええっ!? そうなにょふぁあ!?」
 拗ねた……うん、あれはどう見たって拗ねた顔だったな。拗ねた顔をしてナミは俺の両頬を引っ張ってきた。
「あんたの中の私のイメージってどんななのよ?」
 何だ。ナミもサンジに謝ってたのか。サンジが謝らない時は喧嘩が長引く。でも、気づいたら仲直りしてる。それって、ナミがサンジに謝っていたからなのかな?
「ちょっと聞いてるの?」
「今から謝りに行くのか?」
「え? う、うう〜ん。それはまだ……」
「えー!? 何でだよ!? ナミは自分が悪いって判ってるんだろ? だったらさっさと謝ってしまえばいいじゃないかっ!」
「それはそうだけど……」
 なぁんだ。喧嘩が長引いていたのはナミが謝るのが遅いからなんだな。俺はやっとカラクリが解って嬉しかった。いや、今は嬉しがっている場合じゃない!
「早く言った方がいいぞ!」
「で、でもね? 怒られたからってすぐに謝ったら、私がサンジ君に嫌われたくなくて必死だって思われちゃうでしょ?」
「……?」
「そんな風に思われるのは嫌なのよ」
「悪い事をしたら謝らないといけないんだぞ」
「うん。それは解ってるのよ。ちゃんと謝るわよ? でもタイミングってものがあるのよ」
「……ナミはサンジに嫌われたいのか?」
「いや、そうじゃなくて……」
「嫌われたくないのか?」
「えー……うん、嫌われたくないかな。嫌われたくないけど、そう思ってるって知られたくないの」
「ナミはサンジの事が好きなんだよな?」
「えっ!? な、何で? サンジ君が私を好きなのよ?」
「でも嫌われたくないんだろ? それは好きって事じゃないのか?」
「え〜……ううーん」
「俺、知ってるんだぞ」
「な、何が?」
「ナミって、サンジを見る時すごく優しい顔してるよな?」
 一度しか見た事ないけど、とっておきの秘密をナミにぶつけてみた。すると、それまでどう説明したら俺が解るだろうかと困ったような顔をしていたナミは、ポカンとしてすぐに顔を真っ赤にした。人の顔ってあんな風に色が変わるんだなぁと面白く思った。
「ナミ?」
「う、あ、う……。あ、あんた、私がいつそんな顔をしてたって言うのよ?」
「あら、航海士さんはいつもしてるわよ?」
「ロ、ロビン!?」
 振り向くとロビンが階段を降りてきた。さっき戻ってきたのかな? 俺がおかえりと言うと、にっこり笑ってただいまと答えた。ナミは口をぱくぱくさせたままだった。
「コックさんを見る時の航海士さんは、彼が好きで好きでたまらないって顔をしてるわね」
 ね? と尋ねてくるロビンに、俺はそうなのかと思いつつうんと頷いた。俺だけの秘密だと思ってたけど、ロビンも知っていたんだな。ロビンの言う事に間違いはないので、ナミがサンジの事を好きなんだというのも本当の事なんだろう。
 たくさんの荷物を置いて、ロビンは何事もなかったかのように部屋から出ていった。女ってどうしてこんなにたくさん買うんだろうなと、ロビンが置いた荷物を見ながら思っていた。
「ナミ?」
 首を傾げて呼んでみると、身動き一つしてなかったナミはハッと我に返って俺を見た。その顔は赤いままだった。顔を真っ赤にして怒ったのは見た事があるけど、こんな顔を見たのは初めてだった。理由は解らないが困っているように見えた。
「チョッパー、この事サンジ君や他の連中には言わないでね?」
 本当に困ってるみたいだったので俺は頷こうとして止めた。
「サンジと仲直りしてくれたら言わない」
「え……」
「俺、ナミが考えてる事は難しくて解んねェけど、喧嘩したら悪い方が謝って仲直りするしかないって思う。だから今から謝ってきて仲直りしたら誰にも言わねェ」
 黙ってしまったので、怒ったのかなと不安になってナミを見上げてみた。するとナミはまだ顔を赤くしたまま困った顔をしていた。
「サンジだって、ナミが悪いって思ったから怒ったんだろ? 今までナミがそうやって難しい事を考えて遅く謝っていたんだったら、すぐに謝ったら嬉しいって思うぞ? そうしたらサンジもナミの事は嫌いにならないと思うぞ?」
「いや、だから、サンジ君は私の事が好きなんだってば」
「嬉しいって思うぞ?」
「だから……」
「ナミだってサンジの事が好きなんだろ?」
「うっ……」
 凄いぞ俺! ナミが俺に言い返せないぞ! 上手くいったら今日の夕食は俺の好きなものかな!?
「ナミ?」
「もうっ! わかったわよ!」
 いきなりナミはぎゅっと目を瞑って天井を見上げて大声を出した。その代わり、誰かに言ったらトナカイ汁にするわよとまるでサンジのような脅しをかけてナミはフンと鼻息を吐き出して階段を上っていった。急に手を離された俺は床に尻餅をついてしまったけど、ちゃんと謝るかどうか見張らなければと思ってその後を追いかけた。
「あ、船医さん」
 キッチンへの階段を昇ろうとした俺の足を、床から伸びてきた手が掴んだ。勢い余った俺はそのまま一段目の角に顔をぶつけそうになったけど、そこにも生えた手がクッションになって痛い思いはしなくてすんだ。犯人はどこだと周囲を見回したら、ロビンはメインマストの下で甲板に座って肩ごしに俺を見ていた。キッチンが気になったけど、俺はロビンの方に行った。
「何で邪魔したんだ?」
「見てなくても航海士さんはちゃんと謝るから大丈夫よ」
「そうかぁ?」
「今までもちゃんと謝っているのよ?」
「でも時間が経ってからだろ?」
「そうね、今日は船医さんが説得してくれたから、コックさんが怒った時の喧嘩だと仲直りまでの時間は今日が最短記録ね」
 俺がナミを説得したからって、ロビンは褒めてくれてる。本当の事だけど、嬉しいけど、オ、俺は嬉しいなんて思ってねェからな! コノヤロウ! と思ったけど、あれ?
「……ん? ロビンは知ってたのか?」
「ええ。だからいつも何もしなくても大丈夫って言っていたでしょう?」
「あ……! そっか」
「でも困ったわ」
「二人が仲直りしたらロビンは困るのか!? ロビンはサンジが好きなのか!?」
「え?」
「ナミと取り合いになるから困るのか?」
「あら。ふふっ。そうじゃないの。航海士さんがこんなに早くに謝ってくれたら、嬉しいって思うでしょう?」
「うん、俺も嬉しい」
「そうするとコックさんは航海士さんともっと仲良くなりたいって思うわよねぇ」
「もっと仲良く? うん、仲良くするのはいい事だ」
「だったら今日は部屋で眠れないないなぁと思うの」
「部屋?」
「そう、部屋」
 にこにこ笑いながら教えてくれるけど、俺にはロビンが何を言いたいのかよく解らなかった。だって、仲良くするのは別にロビンが部屋を出なくてもできる事だと思うし……。
 そう思って首を傾げてる俺の耳に、ガタンという大きな物音が聞こえた。また喧嘩を始めたのかと思って、俺は慌ててキッチンへと走った。ロビンは俺を見ていたけど、何も仕掛けてこなかったので本当に喧嘩が始まったんだと焦った。
「ナミ! サンジ! 喧嘩はダメだ!!」
 思いっきりドアを開けて俺は叫んだ。そして恐る恐る目を開けると、二人はビックリしたように俺の方を見ていた。見回すと部屋は散らかってなかった。だから俺はもう一度サンジとナミを見た。よく見るとナミは机の上に仰向けに寝ていたようだった。そしてナミを覆うかのように両脇に手をついてるサンジの腕を掴んで身体を起こそうとしているみたいだった。
「チョッパー?」
 ナミが目を大きく見開いて驚いたように声をかけた。それを見て、俺はサンジがナミに乱暴するのかと思って身体が熱くなった。
「何やってんだよサンジ!」
「チョッパー!?」
「ナミはサンジに謝りにきたんだぞ! なのにナミを殴るのか!?」
「え? ちょっと待て!」
「違うのよチョッパー!」
 つい人型になってサンジを掴もうとしていたけど、ナミの声で我に返った。違うと言ったナミは、何でかボタンが全部外れたシャツに手をやって胸元を握っていた。そしてサンジが机から離れるとぴょんと飛んで着地して何個かボタンをとめていた。
「あのね、チョッパー」
「ナミ、サンジは謝ったのに許してくれなかったのか!?」
「違うのよ。その反対」
「反対? だったら仲直りできたのか?」
「そうよ」
 ナミの返事を聞いて俺は力が抜けた。そして人型を解いた俺をナミは膝に手を当てて覗き込んだ。
「ちゃんと謝ったわよ。そしたらチョッパーが言った通りサンジ君は大喜びしたの。さっきまで怒ってたのが嘘みたいだったわよ?」
 そう言うとナミはウインクしてきた。黙ってそれを聞いていたサンジは、ナミが俺にウインクするや否や俺の前にしゃがむと、両側から俺の頭を握った拳でグリグリ押してきた。
「この野郎……何ナミさんからウインクして貰ってるんだっ!」
 痛い痛いと言うと、ナミがサンジに「やめなさい」と言った。するとぴたっと止めたので本当に仲直りしたんだと判った。そしてサンジはジーッと俺を見たあと、にっこり笑って今度は俺の頭を撫でてきた。
「お前ェがナミさんに謝るように説得してくれたのか?」
「喧嘩したら悪い方が謝ればすぐに仲直りできるって言ったんだ」
「ありがとな」
 そう言ったサンジは本当に嬉しそうだった。というか、泣きそうな顔にも見えたのは俺の気のせいかな? まぁ、早く仲直りしてくれて良かった。しかし、二人からありがとうって言われた俺は、恥ずかしくなってきて思わずサンジから離れた。身体がうずうずしてきたけど、子どもじゃないから嬉しさを隠して喜んだ。
「ちっとも嬉しかねェぞ! コノヤロウ!」
「嬉しそうだなぁ」
 何で喧嘩したのかは知らないけど本当に良かった。仲直りできて良かったなと言おうとしたけど、見上げたらナミはサンジを見上げていた。そして立ち上がっていたサンジもナミを見ていた。二人を見上げてキョロキョロしていると、サンジがナミの肩を掴んで自分の方に寄せていた。そしてナミも嬉しそうにサンジの傍に寄っていた。俺も嬉しくなってニコニコ笑っていたらサンジが少し屈んでナミに顔を近付けていた。
「……サンジ君、ちょっと待って」
「こんなことでお預けはなしだぜ?」
「でも……」
「何? 後は部屋って事?」
「今夜はロビンがいるからダメよ」
「ロビンなら今日は部屋で眠れないから困ったってさっき言ってたぞ?」
「チョッパー!?」
「お前ェ、まだいたのか!?」
 同時に大声を出されて俺は驚いた。さっきから俺はいたのに二人とも何だよ? ちょっと怒って見上げたら、サンジとナミは赤くなっていた。でも、サンジは怒ってたしナミはさっき見たような困った顔をしていた。そのまま俺はサンジに首根っこを掴まれてドアへと連れていかれた。そして移動しながらサンジはボソッと俺に耳打ちした。
「さっき言ってたの、本当か?」
「ロビンか? うん、そう言ってたぞ」
 俺も合わせてボソッと答えた。するとサンジは嬉しそうというか、傍には近づきたくないような鼻を伸ばした顔をして「そうかぁ」と呟いていた。
「貴女のお心遣いは決して無駄にしません。大感謝ですって伝えてくれねェか?」
「自分で言わないのか?」
「ああ、俺は今はナミさんと一緒にいたいからな」
「もっと仲良くするのか?」
「おっ? お前ェも言うようになったなぁ」
「ロビンがそう言ってたぞ?」
「ん? ああ、そういう事か。おう、俺は今から明日の朝……いや、昼までがいいかな。まぁ、ナミさんともっと仲良くなろうと思っている」
「えっ!? ……ご飯は?」
 まだ夕方だぞ? そんなに一緒にいたいのかってビックリしたけど、俺にはその間のご飯の事だけが心配だった。
「大丈夫だ。ロビンちゃんが考えてくれるだろうから。それにレディを外で眠らせるワケにはいかねェからな」
「男部屋は?」
「あんなむさ苦しい空間に麗しい女性を入れちゃいけねェ」
「じゃあどうするんだ?」
「だから、それはロビンちゃんに言えば全てオッケーだ」
「そうなのか?」
「そうだ」
 何を言ってるのかよく解らなかったけど、サンジがナミと一緒にいたいんだって事はよく解った。首を伸ばしてナミを見ると、ナミも嬉しそうにニコニコ笑って俺を見送っていた。まぁ、仲直りできて仲良くなるんならそれでいいか。床に降ろされてサンジを見上げて俺は頷いた。するとサンジもニカッと笑ったが、直後にドアが閉められた。
 サンジの伝言とさっきの会話を伝えたら、ロビンはちょっと待ってねと部屋に戻った。そしてすぐに出てきたら行きましょうと言ってきた。
「どこに行くんだ?」
「美味しいものを食べに船を降りましょう?」
「ええっ? 俺はサンジの作るご飯が一番美味しい」
「……船医さんは私と食事をしに行くのは嫌?」
「そ、そんな事はないぞ!」
 ロビンが急に悲しそうな顔をしてそんな事を言うので俺は焦った。俺の返事を聞いてロビンは嬉しそうに良かったわと言った。本当はサンジの作ったご飯が食べたかったけど諦める事にした。
 だって、サンジと喧嘩したナミは泣くほど悲しいって思ってたんだもんな。それが仲直りできたんだ。さっきのナミの顔を見たら嬉しいって思ってるのがよく解るし、難しい顔をしていたサンジも幸せそうな顔をしていた。俺はオトナだから我慢だってできるんだぞ!
 船を降りようとして、俺はカモメのリーダーに報告するのを思い出した。ロビンにちょっと待ってと見張り台に上ろうとしたら、カモメは俺の傍に降りてきた。「助かりやした! さすが兄貴だ!」とだけ言うと、カモメは再び舞い上がった。その先を見ると仲間がリーダーを待っていた。もう、この辺りに皆を怖がらせた空気はなくなった。あるとしたら幸せ、嬉しいというこっちまで嬉しくなるようなものだけだ。
「お友達?」
「うん!」
 一緒に見上げたロビンも嬉しそうに見えた。ようし、こうなったら美味しいものをたくさん食べるぞ! そして、帰って来たらサンジに好きな料理を作ってもらってまたお腹いっぱいに食べてやるんだ!
 レストランに向かいながら俺はそう思っていた。そして中に入ると俺はビックリした。ルフィたちが中にいて、楽しそうに飲み食いしていたからだ。驚いている俺に、船長さんがここで皆と食事をすると言ったから、俺と、船に戻っているかもしれないナミたちを呼びに戻ったんだとロビンは言っていた。そして早く食べないと無くなってしまうわよと笑いかけた。
─END─
【後書き】
 携帯サイトでの最後のリクは99999番でした。そのリク内容は「チョッパー視点でナミとサンジがケンカして、チョッパーが二人を仲直りさせてラブラブになる話」との事でした。
 最後のリクをようやくお届けできました! PC上には、キリ番と踏んだ人の名前とリク内容を書き込んでファイルを作っていたんですよね。その時は誰それのリクって仮に名前を付けて保存してたんです。全く書けない時は5つその状態のファイルが残ってて、いつ書けるのだろうかと思ってましたけど、4月から1つづ確実に減らせて嬉しく思いました。仮タイトルのファイルはまだ数個存在しますけど、滞っているリクは全て消化できました! 本当に良かった。
 実を言いますと、これは書く直前まであまり考えてませんでしたね(汗) すぐに書けそうな内容かなと思ってましたので。そして浮かんだのは前作のシリアスを書き終えて、推敲の際に色々考えていた時でした。本当に直前でしたよ(笑)
 タイミングいいなぁと思いましたが、そのシリアスで消化できなかった部分で新しい話も浮かんでもいて、厄介だなぁと同時に思いました(苦笑) しかし、どっちを書くかと言えばそれは当然今回のお話。長期休暇が幸いしまして書き上げる事ができました♪
 チョッパー視点のサンナミを書いたのは久しぶりでした。書きながら苦労したのは気を抜くと三人称で書いてしまうって事でしたね(苦笑) 書き進めていくとそれも無くなりましたけど、今度は手が止まらなくなったのが困りました。始めは5000字程度で終わらせようとしていたのに、最初にエンドマーク付けて文字数を見たらまたしても1万字を越えてました……。
 今回はチョッパーが仲直りをさせるという事でしたから、喧嘩の理由はいらないかと思い考えてません。始めはなんか大きく活躍して二人を仲直りさせようかなと思いましたけど、片方の説得という方法にしてみました。チョッパーは深く考えずに思った事をストレートに言ってるだけですが、ナミにはそれが効いたという感じでしょうか。チョッパー効果でナミも素直になってしまいました(笑) だからタイトルを直前になって変更したんです。
 カモメのリーダーとのやり取りは急に入れてみたくなったエピソードです。始めは普通のカモメだったのに、思いついた途端にヤクザなカモメの姿が浮かびました。私の中では頬に傷があって、サングラスかけてる感じでしたが、凡そ現実的でないかなと思ってサングラスの辺りは説明しませんでした(笑) まぁ、そんな余分なものを入れてしまったので長くなってしまったのです……。
 タイトルは今回も副読本を書く時になっても決まってませんでした。でも不思議な事に今回の話に限っては、私が話を書く時の法則は当て嵌まらなかったですね〜。
 寝る前にボ〜ッとしていたらそのまま寝てしまいました(苦笑) その時に何も浮かばなかったらチョッパーを表現するのに「純」という文字を入れたいなと思いました。翌朝辞書を見ていて、チョッパーの性格を表す「純朴」でいいかと思ったのですけど、アップ作業中に今のタイトルが浮かんで急遽変更しました。
 どちらにせよ、何の捻りもない素直なタイトルですね(笑)
 ……しかし長い後書きですね。最長ですよ。今回は1ページの文字数も多めにしてページ数を少なくしようと試みました。それでも20ページですけど(汗)
2005/05/03 23:41脱稿
<追記>
 携帯サイトは訪問者10万を目処に一年前から閉鎖を考え、予定通り約一年後に10万に到達したので計画していた通りに閉鎖しました。閉鎖の理由は色々ありましたけど、そういうのがあって閉鎖を考えた時に10万だとキリがいいかなと思っておりました。だから99999番は最後のリクエスト小説になったのです。そして閉鎖後にPCサイトを開設して現在に至ります。  20ページというのは、携帯サイトの1ページには字数制限がありまして、始めの頃は500文字、閉鎖する少し前からは1000字だたので上記のような記述をしているのです。そしてそういう事情から常に字数の多かった自作品に対して何文字だったという発言を繰り返していたのです。
Copyright since 2005 magami_kei All Rights Reserved.

at 23:41, 真神恵, 望月の謳(読本)

-, -

長い一夜

【前書き】

 本当は先週にあげるつもりだったのですけど、この話が気に入らなくて修正しようと思ったのです。しかし先週までにそれが間に合わず、翌週の今日に持ち越しました。ところがさきほど改めて読んだのですけど、修正しようがないなぁと諦めました……。
 話全体が気に入らないという事ではなくて、あるシーンがどうしてもご都合的だったのが嫌だったのですけど、最初から当時のままでアップして書き直さないと言っていた通り、修正するのは止めました。と言っても全くしていないワケではありませんけどね(苦笑) 上記の修正は大幅に変えると言う意味でして、それは止めたという事です。でも表現がおかしいなと思う部分は少しだけ直しました。
 それと、実は携帯サイトの時に本文を読む前にと簡単な解説のページを作ってました。PCサイトに引っ越した際には【後書き】に一緒に掲載しているのですけど、今回珍しく前書きを書いたので、当時そうしていた文の一部をこちらに掲載しようと思います。残りはいつも通り【後書き】に掲載します。
 以下がそれになります。(2006/05/27)
 注意してもらいたいのは、恐らく【望月の謳】一番の重い話だと思います。その上途中で放り出したくなるくらいの長篇です。だから前作から時間が少し開いてしまったくらいです。絵を描くのって体力を使いますけど、シリアスな話というのも同じだなと思いました。キャラをこんなに虐めて……って、以前も虐めていましたが、それ以上じゃないかと思います(汗)

「クソお世話になりましたっ!!」
 恩人の元から旅立って、そろそろ半月が経とうとしていた。船長の胃袋は底なしだし、剣豪と共に惚れ惚れするような食べっぷりだ。狙撃手と言ってる鼻の長い奴はいっぱしの口を聞きつつもその表情で満足しているのが解る。まぁ、それは当然の事だ。好き嫌いがあるのが問題だが、それはいずれ無くしてやろうと彼は思っていた。そして、この船に乗った半分の理由の彼女。彼女の舌を満足させるために自分はいるのだと、誰にも言われてないのに彼は使命感に燃えていた。実際、船に乗ってから初めて奮った料理を一口入れた後の彼女の表情は、サンジを天にも昇る心地にさせていた。
「本日も雲1つない空模様。星を眺めるにはいい天気だ」
 煙草に火をつけて闇夜にぽつんと赤い光を浮かばせていたサンジはぼそっと呟いた。見張り台の縁に腰掛けて、満点の星に見入っていた。穏やかな夜だった。
 そこへキィとドアが開く音が響いた。こんな夜中に誰が起きているのだろうと反対側へ身体を移動したサンジは、開いたのが倉庫のドアだったので、何か飲み物でもほしくなったナミが出てきたのだと思った。彼女の姿を見たらすぐに声をかけようと身を乗り出していたサンジは、次の瞬間しゃがんで身体を隠していた。
「……え?」
 今見た映像が理解できなくて、サンジは恐る恐る見張り台から下の様子を窺った。見間違いであってくれという思いは裏切られ、彼が再び目にしたのは信じたくないものだった。呆然としている彼の目には、男部屋へと戻る一人のクルーの姿が映っていた。
 こんな時間にあんな所から男が出てくるという理由は1つしか思いつかない。サンジは息を思いきり吸って、煙を吐き出すとぼんやりと空を見上げた。満点に煌めく星たちの光が突き刺さるように感じられて、サンジはそれから逃れるように目を閉じた。
「おはよう〜」
 目をこすりながら現れた航海士に、サンジは笑顔で迎えた。付き合ってる奴がいるとか、本当の事は聞くつもりもないし判らないけれど、自分が彼女を好きだという気持ちは変わらないのだ。自虐的だと言われたとしても、サンジはそういう男だった。朝食の匂いにつられて飛び込んできた船長たちの腹を満たして、後片付けをし、昼食の準備に取りかかる。それが終わるとおやつの用意。そんな日常。サンジはそれで満足しようとしていた。
 翌日の仕込みのために、この船ではサンジが一番寝るのが遅い。だから皆の目を覚まさせないよう静かに行動していた。昨日の事でかなりショックを受けていた彼は、途中で材料が足りない事に気づいて自嘲の笑みを口元に浮かべた。そして溜め息をついて倉庫に向かった。昨日の今日だから大丈夫だろうとサンジは思っていたが、現実はそんな楽観的な彼の気持ちを嘲笑うかのようだった。
 音を立てないように中に入って目的の物を取り出したその時に、男女の乱れた声が階下からしてサンジは顔を強張らせた。すぐにでも立ち去るべきなのに、足が床に縫い付けられたように動かなかった。しかしサンジは、荒々しい息づかいの合間に聞こえてくる会話に耳を疑った。昨日見たのとは違う男の声がしたからだった。
「……冗談だろ?」
 ようやく動かした足はふらついて、サンジは壁にもたれてそのまましゃがんでしまった。その場から逃げ出したいのに、それだけの気力さえ足は失ってしまったかのようだった。頼むからもう何も聞かせないでくれと目を瞑って耳を塞いでも、鋭敏になってしまっている彼の耳には、空気を伝って彼女の声が実際よりも大きく聞こえてきた。そしてそれを聞いてしまってサンジは目を見開いた。
「……クソッ!」
 男が出てくる前に何とか逃げ出しキッチンに戻ったサンジは、みじめな自分に憤っていた。頭を抱えて机に突っ伏していたその耳に、ドアが開いて部屋に戻る男の足音が妙にハッキリと聞こえてしまい、それにますます追い詰められたような気持ちになった。
 その翌日から部屋に戻って寝る時、サンジは毎日入れ代わってその場にいないクルーが隣でしている事に一人煩悶していた。しかし元来気遣いするタイプの彼は、それを押し殺してクルーたちに対する態度を変える事はなかった。そんな状態で問題なく過ごせるのは、ひとえに彼の犠牲的精神の為せるワザだった。
 このままだと自分が駄目になるのはサンジも承知していたので、何とかできないかと考えた。そして考えた結果が彼女に夜の差し入れをする、という事だった。始めは彼女も喜んでいたが、頻繁にやってくるので彼女の生活リズムが崩れ、最近は不機嫌な時もあった。しかしサンジはそれでも構わないと思っていた。
 そんなある日、今夜も彼女に差し入れしようと部屋をノックしてみた。中から返事がしたので、毎回の事なのだがホッと安堵してサンジは室内に足を踏み入れた。すると、いつもなら書き物をして机に向かっているのに、今日は机に背を向けて椅子に座っていた。それに戸惑いながらお茶をいれていると、その様子を見ながらナミはクスクス笑い始めた。
「何?」
「ん? いやね、毎日毎日飽きもせずやって来るなぁと思ってね」
「……」
「おかげで生活リズムが崩れてしまったわ」
「そう……。迷惑……かな?」
「別に? 美味しいものを食べるのが嫌いな人間なんていないわ。ただ、毎日だと太る心配があるけどね?」
「それは大丈夫」
「ん。だと思うから安心して食べてるわ」
 嫌味っぽく言いながらも、声の調子からナミが不快に思ってるようには見えなかった。だから内心冷や汗をかいていたサンジはホッと息をついた。そんなサンジの心中を見透かすようにナミはジッと彼を見つめていた。
「ねぇ、こんなに甲斐甲斐しく尽くすのは、やっぱり下心があるからよね?」
 そのナミの言葉にサンジはギクッと身体を強張らせた。それを見て彼女は嗤った。しかし初めて見たその暗い笑みにすら、サンジは見蕩れてしまっていた。彼の態度をどう取ったのかは知らないが、ナミはカップをソーサーに乗せてコトリと机に置くと、椅子から立ち上がって移動した。その先を見てサンジはぎょっと目を見開いた。サンジの驚きには気づかずに、ベッドに腰掛けたナミは、ミニスカートから下着が見えるのも構わないかのようにわざとらしく足を組み換えた。呆然としているサンジに、ナミは幾分苛ついた調子で話しかけた。
「何してるの?」
「え?」
「あんたも私を抱きに来たんでしょ?」
「え……」
 言葉もなく立ち尽くしているサンジにナミは怪訝な顔をした。そして、彼にその気がないのを見てとると、侮蔑を含んだ視線で彼を見ていた。無言の空間に耐えられなかったのはサンジの方だった。ごくりと唾を飲み込んだサンジは、ぎゅっと拳を握った。
「ナミさんは……君はそうやって他の奴らと……?」
「男と女がいて、ここには女は私一人。他に何か説明する事でも?」
「……」
「何? 女は清純じゃないといけないって言うクチなの?」
「……」
「何黙ってるの? いつもの軽口はどうしたのよ?」
 ナミは口元に侮蔑の笑みをたたえて、挑戦的な眼差しでサンジを刺すように見ていた。何の反応も示さないサンジに、ナミはハッと息を吐き出した。
「下心がないって事? じゃあ、あんたは何のために私の部屋に通ってたの?」
「ナミさんは……」
「聞いてるのは私!」
 言いかけたサンジに苛ついて、ナミはそれを遮った。それにも応じないでサンジはただナミを見ていた。そして視線を彷徨わせた後に理由を話しだした。
「俺はただ、ナミさんに自分が作ったものを食べてほしくて……」
「嘘ね」
 しかし、それをピシャリと否定した。再び彼女を見ると呆れたようにナミはサンジを見ていた。
「本当の理由は、私が他の男と寝ないためかしら?」
「ど、どうして……」
 思わず口にしてサンジはしまったと唇を噛み締めた。そして意を決したように彼女をまっすぐ見つめた。ようやく本当の事を話す決心をした様子のサンジをナミも見返した。
「俺、夜中に倉庫から出てくる奴を見たんだ。ナミさんの事、すっげー好きだけど、付き合ってる奴がいてナミさんが幸せならそれでもいいやって思ったんだ。でも、次の日倉庫に行った時に違う奴の声が聞こえて……」
「ああ、それでふしだらな女を更正してやろうと?」
「違う!」
「ハッキリ言って迷惑だわ」
「……」
「ずっと船の中にいてあいつらだって溜ってるし、私だって同じなのよ。発散させるには一番いい方法じゃない。なんであんたがそんなに気を回すわけ?」
「それがいい方法じゃないからだ」
「へぇ?」
「ゴメン。声って上にいるとよく響くんだ。だから次の日の会話も聞いてしまったんだ」
「それが? 他人がヤってる声聞いてあんたも大変だったんじゃない?」
 クスクス笑いながら近寄って、まるで恋人に甘えるようにサンジに抱きついた後、片手でサンジの中心に触れながら見上げ、妖艶な笑みを浮かべてナミは彼を誘った。それを辛そうな顔で見つめてサンジはナミの肩を掴んで引き離した。
「はぐらかすなよ」
 口調が明らかに変わった彼の変貌に、拒絶された事にナミは虚を突かれた顔をして、次の瞬間には烈火のごとく怒った。
「私の何が不満なのよ! ああ、そうか、普段私に言い寄ってるのってやっぱりポーズなんだ? そんなんであんたは満足なんだ? こっちが誘ってやってるってのに何よ! 滅多にしないのにあんたって馬鹿じゃないの!?」
「……って事はナミさんはあいつらを誘った事はない?」
「あんたに関係ないわ!」
「あるよ」
「ない!」
「あるって!」
「何でよ!?」
「俺はナミさんが好きだから!」
「私はあんたなんて嫌いよ!」
 そう言われてサンジは一瞬怯んだ。本当の気持ちなのか、勢いで言っただけなのかは判らない。判りたくなかった。しかし、その言葉が胸を貫いたのは確かだった。やっぱりという思いもあった。サンジは拳をぎゅっと握った。
「それは……それは何となく判ってた」
「あら、そうなの? なのに今まで健気に尽くしてくれてアリガト」
 にっこり嫌味たっぷりの笑顔で言われてサンジはどん底に落とされた気分だった。しかし、今言いたいのはそんな事ではなかったので、辛さを堪えてナミに対峙した。
「それは判った。じゃあ、あいつらは? あいつらの事はどう思ってるんだ?」
「好きに決まってるじゃない!」
「でもそういう風に好きって意味じゃねェんだろ!?」
「どうだっていいじゃない!」
「よくない!」
 いつの間にか怒鳴りあって、興奮して涙を滲ませていたナミは何で船に来たばかりの奴にここまで言われなくてはならないだろうと歯ぎしりした。そして互いに両の拳を握って睨み合っていたのに気づくと、姿勢を正して深呼吸した。それを見てサンジも我に返った。しかし強い意思で彼女を見ていた。深呼吸を終えたナミは、サンジをジッと見た。
「……私を好きって?」
「ああ」
 即答したサンジにナミはクスッと笑った。しかしサンジの眼差しは変わらなかった。その様子にナミは眉をひそめた。
「……もしかして、本気だって言わないわよね?」
「本気。生まれて初めて本気になった」
 視線を外さずサンジは言い切った。そして今度はナミの方がその視線に耐えられずに初めて目をそらした。しかし、そらしても彼が自分をジッと見つめているのを肌で感じていた。ナミは次第に息が苦しくなってきてサンジを睨んだ。
「だったら! 尚の事私を抱きたいんじゃないの!?」
「ああ。でも、今のナミさんは抱きたくねェ」
「なっ……!」
 再びキッパリと言ったサンジに、ナミは言葉を失った。そんなナミの様子に苦しそうな目をしてサンジは続けた。
「ナミさんは俺を嫌いだと言った。そんな相手を抱いても、抱かれても心は満たされねェんだよ。解んねェの?」
「だからあんたは私があんたを好きになるまで手を出さないって?」
「ああ」
 ヒクッと息を飲んでナミは呼吸が止まりそうになった。それはこんな密室にいるからだとナミは思った。だから続きは外で話すと言ってナミはサンジを戸外に連れ出した。
 ドアを開けて船尾に向かうナミをサンジは無言で追いかけた。そして、船べりに手を乗せて海を見つめるナミを黙って見ていた。ナミは、外の空気を肺にいっぱい送り込んで一息ついたようだった。海に落としていた視線を上げてサンジの方へと合わせた。サンジは彼女の言葉を待っていた。
「本気ってどんな意味?」
「……俺の場合、ナミさんが幸せだったらそれでいいって、もちろん気持ちは欲しいけど無理強いはしたくない。そんな感じ」
「私は幸せだわ」
「そうは思わない」
「私がそうだって言ってるのに!?」
「俺はそうは思わない」
「何なのよ!? じゃあ、あんたがいつも私の言う事を聞いてるのは?」
「そうしたらナミさんは笑ってくれるだろ? 俺はそれが嬉しいんだ。好きだから」
「ワケわかんないわ。解りやすく言ってくれないかしら?」
「例えば……俺はナミさんが死んでと言ったら死ねるかな。それくらいは好き。勿論……」
「じゃあ、死んで!」
「……」
 サンジの言葉を遮って、ナミは挑むようにサンジを見た。そして歪な笑顔で再び命じた。
「今すぐ死んで見せて!」
「……」
「ほうら、できないでしょう? できない事は言わない方が……」
 どだい他人が赤の他人の為に、それも会って間もない人間の為に死ねるワケがないのだ。勝ち誇って高らかに言葉を続けようとしたナミは、人さし指を上に指したまま突っ立っていた。
「え……?」
 直前まで目の前にいた青年は、風のようにナミの横を走り抜けると、そのまま船から飛び下りた。大きな水音がしてからナミは我に返っが、未だに状況を把握できずに立ったままだった。そして恐る恐るサンジが走った方向を見やった。向けた視線の先は暗い、真っ黒で視力が全く効かない暗闇。覗き込んだら吸い込まれるような恐怖さえ感じるような暗黒だった。ようやくそれらが繋がって、ナミは悲鳴を上げた。
「ウ、ウソップ! ウソーーップ!!」
 今夜が不寝番の狙撃手を半狂乱になって呼んだ。どうやらついうっかりうたた寝をしていたらしいウソップは、ナミの叫び声を聞いて飛び上がり自分の名を連呼する彼女の声に非常事態が起きたのだと慌てて見張り台から降りてきた。
 降りてきたウソップに、ナミは何をしていたんだと喚きその胸ぐらを掴んだ。ナミの剣幕にウソップは気圧されていた。こんなナミを見たのはココヤジ村でルフィに助けを求めた時以来だ。ウソップは彼女の腕を掴んで離すとその肩に手を置き、何があったか落ち着いて話せと彼女を宥めた。その瞬間、ナミはぼろぼろと大粒の涙を零したので再びウソップは慌てた。
「あいつが死んじゃう!」
「だから落ち着けッて。サンジがそんな簡単にくたばる筈ねェだろ?」
「死ぬわよ!」
「お前ェなぁ! 人を勝手に死ぬ死ぬって決めつけんな!」
「だって、私が死んでって言ったんだもの! 死ぬつもりで飛び下りたのよ!」
「……何だって?」
「だ、だから、死んでって言ったら死ねるなんて言うんだもの!」
「お前ェ! 本気でそんな事言ったのか!?」
「まさか本当に死のうとするだなんて思わないじゃない! だから脅かすつもりで言っただけなのに……なのに……!」
 取り乱して泣くナミを見て、ウソップは溜め息をついた。それにビクッと怯えたようにナミは肩を竦めた。そんな彼女を安心させるようにウソップはしゃがんでいるナミの頭をぽんぽんと叩いた。そして船べりに近づいて覗き込んだがウソップはブルッと震えた。
「と、取りあえずだ。錨を下ろそう」
「う、うん」
「それからロープとカンテラ用意して……」
「分かった。あんたは海を照らしていて。私が潜るから!」
「バッ、バカ言え! 仮にも女のお前ェにそんな事させられるかっての!」
 ようやく冷静さを取り戻したのか、ナミは自分の為すべき事を決めていた。だからそう言うウソップの言葉に聞く耳は持たなかった。
「いいの! 原因は私なんだし。責任は取らないと!」
「いいから! ゾロとルフィを起こしてくるから、一番体力のあるゾロに行ってもらえたら……」
「ダメよ! あいつらには言わないで!」
 ウソップが提案するとナミは強く抗議した。そりゃあゾロとサンジの仲は悪いが、こういう時にそんな事は言っていられないだろうとウソップは説得を試みるも、ナミは頑として譲らなかった。そう言い合っている内にも時間が経ってしまうので、ナミはさっさと話を切り上げると船べりに移動した。
「本気で行くつもりなのか?」
「ええ。それに潮の流れを読めるのは私だけよ? 気持ちだけじゃなく、実際に私が行った方が確実なのよ。必ずサンジ君を見つけるわ!」
 そう言うとロープを伝って降りていった。ウソップは反論も封じられて彼女が海に向かうのを見ているしかなかった。
 絶対に見つける。そう思い捜索しながら、ナミはサンジの事が解らなかった。自分の事が好きだと船に乗った時から所構わずに言うくせに、今日まで自分に一向に手を出す様子がなかったからだ。だからそれは社交辞令なのだと思っていた。自分の事が欲しいのならば、誘えば応じてやったものをと思っていた。
 ところが、本気で好きだから手を出さないとさっき言われてナミは困惑した。欲しいのなら奪えばいいのにと思った。サンジの事が解らなかった。だから嫌いだと思った。他の連中は好きだ。だから別に寝たって構わない。本当にそれだけだ。お互い性欲処理をしていただけなので、そこに感情が交わる事はなかった。どうすれば男が喜ぶかは泥棒時代に身に付けていたし、どんな声を上げればいいのかも判っていた。だからそうしていただけだ。それ以上も以下もない。
 サンジが夜の差し入れを始めた頃を思い出してみた。サンジが聞いたという会話。ナミはそれをよく覚えていた。何故ならこれまで彼らとはその時に会話らしい会話などした事がなかったからだ。身体に証を流した時に男は聞いてきた。「何故何も見ないのか」「何故お前はいかないのか」と。話には聞いているがナミには実際それがどういう事なのかは判らなかった。だから「さぁ?」としか答えなかった。いや、答えられなかった。何度か質問されてもはぐらかしていた。それを聞いてどう思ったのかは知らないが、相手はその後は何も言わずにただ行為に没頭していた。
 そんな事は知らない。そんな事はどうでもいい。溜まっているものを吐き出す。それでスッキリするのだからそれでいいじゃないかと思った。
 聞かれたのだとしたらそれしかない。サンジがそれをどう思ったのかは知らないが、だからと言って自分のやってる事にとやかく言われる筋合いはない。
 そう思いながら、嫌いなのにナミは何故こんなに必死になっているのだろうと思った。そしてそう思うとどんどん怒りが湧いてきた。こんな事になったのも、例えであんな事を言った彼が悪いのだ。だから、必ず見つけだしてどうしてこんな事をしたのか問いつめなければならないと思っていた。こんな事で本当に死んでしまって、自分が本気で喜ぶわけがないと言い聞かせてやらなければと考えていた。
 ぼうと明かりが近くに見えて、ナミは海上に顔を出した。するとウソップがボートに乗って海上を照らしてくれていた。どうかと聞く彼にナミは首を振って、再び潜った。そんなに時間は経ってない筈なのに、闇がサンジを隠していた。照らしている光はないよりはマシな程度で目印にしかならなかった。それはウソップもナミも判っていたので、二人は何も言わなかった。
 何度潜ったのか、身体が冷えきってしまったナミに見兼ねてウソップは交代を申し出た。しかし、ナミは答えずに潜り続けるだけだった。自分でももう限界だと言うのは解っていたが、諦め切れずに探し続けた。足がつりそうになって、さすがにヤバいかと思った時に、海中ではあり得ない触感がナミの手を掠めた。
「!」
 咄嗟にそれを掴んだ。しかしそこで限界だった。ナミは空気の泡を吐き出しもがいた。闇雲に片方の手を振り回していたら、いつの間にか浮上していたのか海上からしっかりと掴まれた。そして特徴のある鼻が見えた瞬間、ナミはそのまま意識を手放した。
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at 20:43, 真神恵, 望月の謳(読本)

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恋せよ乙女

 船の経済状態はいつも火の車なのだが、島に上陸する度にナミは自分のへそくりから大量の衣類を購入していた。それに不満を述べてくる人間には笑顔をつけて実力で黙らせていた。今日も大量に購入してきて、ナミは買ってきたものを部屋に広げては悦に入っていた。
 そろそろ収納場所を何とかしなくてはならないくらいの衣料数になってしまって、これからは考えて買うようにしようとナミは思った。着替えてその内のショートパンツとTシャツを身に纏った彼女は、ひとまず広げたものを整理するとキッチンに向かった。
 お茶でも飲んで一緒に過ごしたいと思ってドアを開けたものの、夕食の準備に取りかかっている筈の彼はいなかった。不思議に思って視線を巡らすと、目当ての彼は船首で楽しそうにお喋りをしていた。時間も忘れてしまうなんて仕方がないなと苦笑して、ナミは自分の予定を実行すべく足を船首に向けた。呼べば子犬のように飛んでくるのだが、どんな話をしてるのか聞きたくなったのである。
「まぁ、ものは見ようだよな」
「お前ェの価値観だけで決めつけんな! 俺はこの方がいいんだよ! いろいろ楽しめるからな」
「お前ェの事はまぁいいや。つうかよ、お前の村のさ、麗しのお嬢様はどうなんだよ?」
「あ? カヤか?」
「チキショー! 俺も会ってみたかったなぁ!」
「んー、そだな。お前ェよりも色素の薄い金の髪で、長さは肩くらいまでだったなぁ。んでよ、すっげー細くてよ、白いワンピースが似合うんだよなぁ」
「そういやお前ェ、絵が上手かったよな? ちょっと描いてみてくれよ?」
「何で俺がお前ェのためにんな事しなくちゃならねェんだよ!?」
「まま、そう言わずに。キャプテン!」
 おだてに弱い彼は、サンジのその言葉にあっさり請け負っていた。スケッチブックを取り出すと、時折上を向いて何かを考えながら、スラスラとペンを走らせた。サンジが感心して見ていると、ほれと言って出来上がった作品を手渡していた。
「へぇ。本当にお前ェは器用だよな」
「よせよ。本当の事を言っても嬉しかねぇぞ」
 チョッパーに感化されたかのように、満面の笑みで鼻をすするウソップにサンジは吹き出しながらも彼の村にいるという少女を見ようと手元に目を落とした。
「んん? これが麗しのお嬢様なのか?」
「カヤだっつの! 村を出てから随分経つからなぁ、もしかしたら今は髪が伸びてるかもしれないなぁ」
 両手を頭の後ろに組んで目を瞑ってその姿を想像していたウソップは、サンジの反応が薄いので奇妙に思って視線を向けた。
「サンジ?」
「何つーかさ、確かに可愛いんだけど……こう、色気ってのがあまりねェなぁと思ってよ」
「はぁ? 色気ェ?」
「あっ! そうか! 描いたのがお前ェだから何か違うんだな。そうに決まってる」
「……お前ェはどういう基準でものを見てるんだ!」
「よし! だったら今度はビビちゃんやコニスちゃんやロビンちゃんも描いてみてくれよ」
「お前なァ! モデルがいねェのに描くのって結構難しいんだぞ?」
「だったらロビンちゃんにしてもらえよ」
「朝から船を降りてて今はいねぇよ……」
「あ、そっか。まぁまぁまぁ、頼むぜ。お前ェならすぐに描けるって!」
 そこまで言われてしまっては引き受けるしかなくて、まんざらでもなさそうにウソップは再びペンを走らせた。3人も描くので時間はかかってしまったけど、描き上がると今度はどうだと言ってスケッチブックをサンジに手渡した。
「……」
「あァ? 何か不満でもあるのか?」
 首を降って溜め息をついたサンジに思いきり不満顔でウソップは詰め寄った。
「まぁ、ビビちゃんは王女サマだ。だから清楚に見えていいと思う。そういう点ではカヤちゃんだっけ? 彼女もそうだな。うーん。コニスちゃんもだなぁ。って、俺らの知り合ったレディたちってのはそういうタイプが多いのか?」
「知るかよ」
「だがよ、このロビンちゃんは駄目だ。色気がねェ! もっと、お姉さまっていう感じがよォ……。大人の色気ってのが感じられん。……やっぱ実物見て描いてもらった方が良かったか? 実物の方がやっぱ美人だしなぁ」
「……何つーか、そもそも何で俺はお前ェに絵を描かされる羽目になったんだ?」
「細けー事は気にするな……って、ナミさん!」
「ん? ようナミ! 荷物整理は終わったのか?」
 話に夢中だったために、サンジはナミの存在に気づくのが遅くなってしまったのを悔いた。ぼうっとしている彼女を奇妙に思いつつ、ウソップにスケッチブックを返して彼女の方へと駆け寄った。
「本当に一緒に買い物に行かなくて良かったの?」
 さっそく買ってきた服に着替えているナミを観察して、その服も凄く似合ってる、やっぱりナミさんは可愛いなぁと、いつもの賛辞を述べていたらナミは無言で踵を返した。
「え? ちょっと、ナミさん?」
 サンジが追いかけると、ナミは速度を早めて倉庫に向かった。
「ちょっとナミさん! 俺、何か気に触ること言った?」
「……いいえ? 言ってないわよ?」
 手を掴まれて止められたので、ナミはゆっくりと振り向いてにっこり笑った。
「そ……そう?」
「ええ。だから、手を離してくれないかしら?」
「あ、ゴメン」
「荷物整理はまだ終わってないから、晩ご飯ができたら呼びに来てね」
 そう言うと、さっさと部屋に戻ってバンと大きく扉が閉まるように手を離した。理由は解らないがナミの機嫌を損ねたのは解った。サンジは少し考えてみて、食事の話をしたのでもしかしたらウソップとずっと話していたんで、準備をしてなかった事を怒ったのかなと考えてみた。しかし、そんな事で怒るようなナミではないので、サンジは首を捻りながらキッチンに向かった。
「あら? 航海士さん、どうかしたの?」
 戻ってきたロビンが、散らかっている部屋を見て珍しく驚いていた。ソファに膝を抱えて座っていたナミは、ロビンを見上げた。
「? なぁに?」
「うん。やっぱりロビンって色気があるわよね?」
「そう? まぁ、歳の分だけあるとは思うわよ?」
「そ、そうよね……」
「航海士さんだって充分あると思うけど?」
「……そう、かな?」
「おかしな事を言うのね?」
「じゃあ、私は清楚ってイメージには程遠いわよねぇ」
 ふ、と苦笑いして視線を床に落として、散らばっている衣服を順番に眺めていた。逡巡したあと、ナミは再びロビンを見上げた。
「男の子って、やっぱりそういうタイプの方がいいのかな?」
「え……」
 普通に恋する少女の顔で問われてロビンはまじまじとナミの顔を見た。そして、サンジとの間に何かあったのかと理解した。
「本人に直接聞いてみたら? でも、コックさんはそのままな貴女が好きだって言うと思うけど?」
「……そんな事ないわよ」
 ぼそっと呟いた声音には明らかにサンジの言動によって拗ねているように見えた。確か、彼女は二人の関係を隠そうとしていた筈だったので、ナミがそれすらも思い至らない状況にいるのをロビンはおやと思った。しかしそれ以上は何も言わず、ロビンは微笑むだけだった。
「ねぇ、ウソップ」
 サンジが倉庫に在庫チェックをしに行ったのを見計らって、ナミはこそっと彼の名を呼んだ。後ろから話しかけられて、ウソップは飛び上がるくらいに驚いた。
「お前ェなぁ! 俺は今から試作品の実験に入るところなんだよ! おどかすな!」
「あ、ゴメンゴメン」
 全く反省してない様子で謝るナミに、ウソップは呆れたように見ていた。隣に座って考え事をしている彼女にウソップは助け舟を出す事にした。
「それで? 何か聞きたいことがあるのか?」
「ああ、うん。ルフィやチョッパーには聞いても解らないと思うから」
「へぇ?」
「この中で一番普通なあんただったら参考になるかなぁと思ってさ」
「だから何だよ?」
「カヤさんって、あんたの村にいたわよね」
「おう」
「あんたって、彼女の事をどう思ってるの?」
「ぶっ! お、おめ、いったい何が聞きてーんだよ!?」
「え? だからさ、ああいう女の子って、私から見ても守ってあげたくなるでしょ? だから、男だったら皆ああいう子がいいのかなぁって……何よ?」
「……ナミ、何か悪いもんでも食ったのか?」
「失礼ね! サンジ君のおかげでそんなものは食べてないわよ!」
「いやぁ、お前ェが普通の女みたいな事を言うか……ぎゃあっ!」
 最後まで言えずに悲鳴を上げたのは、ナミが頭上から拳を下ろしたからだった。あんたは一言多いのよと怒鳴りつけて、ナミはキッチンから出ていった。撃沈されてしまったウソップは、そんなナミの後ろ姿を見送って、何で彼女がそんな事を聞いてきたのかは解らないが、本人に直接聞けばいいのにと思うのだった。
 次にナミが向かったのは船尾甲板だった。そこには毎夜のトレーニングをしているゾロがいる筈だった。思った通りそこにいたので、ナミは彼に近づいた。
「何か用か?」
 振り向かずに言葉少なに用件を尋ねてきた剣士に、ナミはどうしたものかと無言でいた。
「用がねェんなら邪魔するなよ」
 そう言うと左右に握った鉄アレイを、交互に持ち上げる運動を続けていた。毎日毎日飽きもしないでよく続くなと思ったナミは、しかし目的を思い出してゾロに近づいた。
「ゾロはさ、好きな女なんているの?」
 ナミの質問を聞いても相変わらず手は動かしたまま、首だけをナミに向けた。
「興味ねェな」
「そうよねー。……聞いた私がバカだったわ」
「本人に直接聞けばいいだろうがよ」
「それができないからこうやって聞いてるんじゃない!」
「女って面倒臭ェな」
「悪かったわね!」
「まぁ、それとなく聞いといてやるよ」
「いいわよ! あんたがそれとなく聞くなんて芸当ができるワケないでしょ!」
「……お前は俺をいったい何だと思ってるんだ!?」
「刀バカ」
「か……!」
「もういいわ。邪魔したわね」
 そう言うと、憤然としているゾロを無視してナミは手をひらひらと振って戻っていった。
「あ〜。もう少し調達しねェとヤバいかもなぁ。明日、ナミさんにお願いしないとなぁ」
 ぶつぶつ言いながら戻ってきたサンジをウソップはじっと見つめた。その視線にサンジはぶるっと震えた。
「おい、手前ェ! 気色悪ィから見つめんな!」
「サンジよォ。お前ェって女好きだよな?」
「女が嫌いな男がいるか?」
「じゃなくてよ、そん中でもどんな女がタイプなのかなぁと思ってよ」
「タイプか……色々あるけど」
「いろいろかよ!」
「女の子女の子した女の子ってのはいいよなぁ」
「何だそりゃ?」
「ほら、よくお人形さんみたいな目がパッチリとしていて、フリルがいっぱい付いた服着てる子がいるだろ? ああいうのもいいよなぁ」
「あー。そういうのって、カヤも似合いそうだなぁ」
「だろだろ? ああいう服って着る人間を選ぶからさ。似合う子が着てたら堪んねェよなぁ」
「……お前ェらはそんなのが好みなのか?」
 突然入ってきたゾロに驚いたが、サンジは喧嘩を吹っかけるでもなく機嫌よく尋ねた。
「そういうお前ェはどうなんだよ? 好みの二つや三つはあるんだろ?」
「興味ねェよ」
「お前ェ! それは男として間違ってるぞ?」
「エロコックには言われたくはないな」
「何だとコラ!」
「う〜ん。しかしサンジの好みって、ナミとはえらくかけ離れてるなー」
 結局揉め出した彼らを脇に見ながら、ウソップは弱ったなぁと呟いていた。もちろん、サンジがその呟きに気づく事はなかった。
 部屋に戻ってきたナミに、本を読んでいたロビンが視線を上げた。ナミは今日買ってきた服を見て、再び溜め息をついていた。
「自分の気に入った服を買ってきたのでしょ?」
「うん。そうよ?」
「それなのに溜め息?」
「私は動きやすい服が好きなんだけど……」
「航海士さんのセンスはいいと思うわよ?」
「そう?」
 ロビンが本心からそう言うと、ナミは少し嬉しそうな顔をした。それでも船内で何かがあったのは間違いないらしく、表情に現れるほどの暗く沈んだ心が浮かぶ事はないようだった。
「ねぇ、航海士さん? 女はメイクと服でいくらでも化けられるのよ?」
「え?」
「そういう事よ」
 ロビンはそれだけ言うと再び本に目を落とした。ロビンの言葉を反芻して、ナミはもう一度自分が買った服の山を見つめた。しばらく何かを考えたあと、ナミはロビンに声をかけた。
*  *  *
 翌日の朝食後、ナミから食料の買い足しの承諾を得たサンジは、片づけを終えると早々に出かけていった。それを見送って、ウソップはナミにサンジとの昨日の会話を伝えて、ゾロもそれを保証した。二人からの思わぬ情報にナミとロビンは顔を見合わせた。そしてしばらくすると女同士で連れ立って船を降りていった。
 サンジが戻って来た時は船番のゾロしか残っていなかった。仕方がなかったとはいえ、島に滞在する最後の日をナミと一緒に過ごせなくてサンジは落胆していた。くどいまでの嘆きの声にうるさいと一言呟いた剣士の言葉を聞き咎めて、サンジはゾロに絡むのだった。
 そうこうして時間が過ぎるとロビンが戻ってきた。ゾロから聞いたのか、ナミと一緒に行動している筈の彼女が一人で戻ってきたので、サンジはキッチンから出てきて慌ててナミの行方を彼女に尋ねた。その剣幕に面喰らいながらも、彼女はナミからの伝言を伝えて部屋へと向かった。聞いたサンジは上陸時のルフィ並みの素早さで再び船を降りていった。
 指定された場所にサンジは迷わず到着したが、目的の彼女の姿が見当たらなくて付近を探し歩いた。すると小高い丘の上で白いものが視界を横切ったので、サンジはほぼ直感的にそこへと足を向けた。自分の視界を通り過ぎたものを探していたら、少女が空を見上げていた。フリルのついたワンピース。白だと思っていたそれは、白に近いほどの薄い緑だった。吸い寄せられるように近づいたサンジは、彼女を見て感嘆の声を上げた。
「……ナミさん……?」
 その名で呼ばれた少女は振り返って、声の主をその大きな目で捉えると、はにかみながら彼の方へと近づいてきた。
 言葉もなく彼女を見ていたサンジは、直感で名を呼んで尋ねた少女が本当に自分の想い人だったので驚いていた。そして初めて見るナミの姿にしばらく見蕩れていたが、すぐにいつもの調子に戻って思いつく限りの賛辞を述べて、いつもより大きくたくさんのハートを飛ばして彼女を独占している状況を喜んでいた。
 興奮してしばらくはそんな状態が続いていたが、ナミはその間も嬉しそうにサンジを見つめていた。その視線に気づいてようやく落ち着いたのか、彼は彼女を正面から見つめた。
「……」
「ナミさん。今日は雰囲気もいつもと違ってすっげー可愛いけど、どうしたの?」
「うっ……えっと……」
 サンジの問いに対してナミは歯切れが悪かった。そんな彼女にサンジは不思議そうに首を傾げた。視線に耐えられずにナミは真っ赤になったのを見られたくなくてクルリと彼に背を向けた。
「ナミさん?」
「だから! あんたがこういう格好をした女の子が好きだって言ってたから……!」
「……え?」
「え? って、何よ!?」
「俺、ナミさんにそんな事言った覚えはないけど」
「私に言わなくてもウソップに言ってたじゃない!」
「……んん?」
 顎に手をあて首を捻って思い出そうとするサンジに、ナミは頬を膨らまして前方を睨みつけていた。そんな話をしたかなと考えていたサンジは、あっと声を出した。その声を聞いて、ナミは視線だけを後ろに向けた。
「そういや、昨日そんな事を話していたような……?」
「ようなじゃなくて言ってたじゃない!」
「ナミさん、それ聞いてたの?」
「あんたを呼びに行ったら聞こえたのよ!」
「名前を呼んでくれたらすぐにナミさんの所に俺は行くのに?」
「だって、楽しそうだったから何話してるのかなと思って。そしたら……」
「えーと。でも……あれ? ナミさんが来たあの時はそんな話はしていなかったような……?」
「言ってたじゃない! 清楚じゃないとか色気がないとか」
「誰の事?」
「私の事をそういう風に言ってたんでしょ!?」
「俺が!? ナミさんを!?」
「そうよ!」
「ちょっと待って。俺、間違ってもナミさんをそんな風に思った事ないけど?」
「昨日言ってたじゃない!」
 両の拳を握りしめて言うナミを見て、サンジは昨日の彼女の奇妙な態度に合点がいった。何も答えないサンジに、彼女は再び顔を赤くして涙目になっていた。ナミは大真面目に聞いているのだが、それが誤解だと知ってるサンジには彼女のその姿は可愛い以外の何ものでもなかった。だから思わず彼はナミを抱き締めていた。しかし、ナミはすぐに彼を突き飛ばして睨んだ。
「誤魔化さないでよ!」
「っと、ゴメン。ナミさんがあんまりにも可愛いから」
「答えになってないわ」
「つまり、それはナミさんの誤解」
「そんなわけ……」
 尚も言いつのるナミの顎を取って、その口を自分の口で塞ぐと、サンジは彼女を味わうように深く口づけた。ナミが抵抗しなくなった頃、そっと離れて彼女を見つめた。
「ちゃんと、聞いてくれる?」
 興奮していた心をサンジのキスによって落ち着きを取り戻したナミは、その言葉にコクンと黙って頷いた。そして着ていたジャケットを脱いだサンジは、それを地面に敷いてナミに座るように言ってその隣に自分も腰を下ろした。
「昨日言ってたのは、ウソップが描いた絵に対してだったんだよ。いや、それがさ、奴の村にいるカヤちゃんを描いてもらってたんだけど、他に知り合った女の子の絵も描かせてみたんだよ。でも何か違和感があってさぁ」
「それが清楚だとか色気の話になったの?」
「そう! あいつの描いた女の子には色気が感じられなくてさぁ。奴が言うのはモデルがいないからだって事なんだけど……」
「……ふうん」
「ナミさんはきっとキーワードだけ聞いて、それを誤解しちまったんだな」
「なぁんだ……」
「でも、俺としては嬉しいかな」
「どうして?」
「俺の言った言葉にそんな風に気をもんでくれたから!」
 そう言って、サンジは彼女の頬に軽く口づけた。すぐ隣に座っていた彼に調子に乗るなと手で突っぱねたが、サンジはヘラヘラと嬉しそうに笑っていた。
「いやぁ、俺って愛されてるよなぁ」
「……っ! 自惚れないでよっ!」
「え〜? ナミさんのその姿見たら無理」
「うっ……」
「後でウソップが言ったんだろ? 俺の好みを」
 好みという言葉を聞いてナミは俯いた。それを見てサンジはしまったと慌てた。
「あ、あ、いや、好みというか何と言うか……ほら、男だったらこんな格好した女の子もいいなって一度は思うわけで……」
「言い訳しなくてもいいわよ」
「じゃなくてっ! 好みってのは1つじゃないからっ!」
「ふうん? それってサンジ君には好みの数だけ好きな女の子もいるって事よね?」
「だから違うって!」
「少なくとも私はその中の一人っていうワケでしょ?」
「それは絶対に違う!」
 キッパリと言い切ったサンジに、ナミは疑わしげな視線を寄越した。その視線から避けずにサンジが真正面から見返したのでナミは瞬きした。ふうと息を吐き出したサンジは、ごろんと寝転んだ。
「俺はさぁ、ナミさんがナミさんだったらいいわけ。こういう恰好したナミさんも見たいって思ったりする事もあるけど、それでもいつも通りなナミさんが好きだ」
「……じゃあ、今日のサンジ君はラッキーだったって事ね?」
 頭の後ろに手を組んで、どうすれば自分の気持ちが伝わるのだろうかと、これまで何度も思い悩んだ事を考えていた。すると、それまで沈黙していて発せられたナミの言葉と、明るくなった声の調子にガバッと彼は飛び起きた。すると誤解が解けたのか彼女の口元は綻んでいた。
「ん?」
 小首を傾げて尋ねるナミに、サンジは安堵の溜め息をついた。
「もー。ナミさんって本当に罪作りな人だ」
「な、何よ!」
「どこまで俺の中に入ってくるんだよっ!」
「し、知らないわよ!」
 やっと普段の調子を取り戻したので、サンジは帽子を取ってナミの頭を撫でてやった。
「あ、そう言えば、帽子被ってたのによく私だって判ったわよね」
 オレンジの髪はナミの特徴で、だからどこにいても間違われる事はない。だからそれを隠していたら自分を見つけられないんだとナミは言いたかったようだった。それにはサンジは心外だとばかりに鼻息をフンと吐き出した。
「あのねぇ! 俺にはナミさん専用のレーダーがあるの! だから、オレンジが見えなくても見つけられるの!」
 自分の頭を指し示し、そう力説するサンジにナミは吹き出した。
「専用レーダーって、何よそれ〜」
「いや、マジなんだって!」
「はいはい。判ったから」
 ナミが笑うので、サンジもつられて笑っていた。声を出してしばらく笑い合った後、二人は立ち上がった。うーんと伸びをしたナミは、サンジを振り返った。
「それで? これからどうする?」
「どうするって?」
「サンジ君に振り回された私は、サンジ君好みの服を着てみました! それで、どうする?」
 片目を閉じて尋ねるナミを、サンジは改めてその全身を見直した。
「あ、あのね……そういう風に見ないでくれる?」
 気づくと肩にポンと手を置かれ、呆れたようにそう言われた。頬が赤くなっているところを見ると、自分は舐めるようにその全身を見ていたのだろう。ハッと我に返ってサンジは苦笑した。
「さっきも言ったけど、ナミさんは本当に何を着ても似合うよなぁ」
「そうでしょ? でもね、私はやっぱりこういう服より動きやすい方が好きかな?」
「うん。俺もそういう格好見てる方が嬉しい」
「……嬉しい?」
「身体のラインがはっきり見える服が多いからなぁ」
 腕を組んでうんうんと頷いてる彼氏の姿に、解ってはいたもののナミは苦笑した。そして、ふと思いついてナミは上着を脱いだ。
「フリル付きの服はあんまり好みじゃないんだけど……」
 そう言って上着をとったナミの姿にサンジは釘付けになった。同じ生地の上着を着ていて、ボタンで前をとめていたので気づかなかったが、ワンピースの部分は薄手の、身体にフィットしたもので、胸と背中の部分が大きく開いたデザインで大人っぽく見えた。しかし裾の4段のフリルがワンピースを一気に女の子らしく見せていて、胸の中央部分にはラインストーンがあしらわれていた。
「どう? あんたの想像してた女の子女の子したワンピースじゃなかったのよ?」
 サンジの視線に気づいて、ナミはふふっと笑ってクルリと1度回ってみせた。サンジはジッと見てナミらしいと納得した。単に男の好みだから着たのではなく、その中でちゃんと自分の好みを主張していて、サンジはそれが嬉しく思った。にっこり笑ったサンジに、ナミは首を傾げた。
「何?」
「え? ううん。サンジ君の好み通りにしなかったから、がっかりするかと思ったんだけど……」
「え〜? こんな素敵な服を着こなしてるナミさんに?」
「もっとふわふわした方が好きなのかなぁと思って……。でも、私それだけは何か違うかなぁと思ってこっちにしたの」
「そうなんだ? 充分女の子らしいよ?」
 自分のスタイルを主張して、決して彼の希望通りのものだと思ってなかったナミは少し不安を覚えてもいた。だから上着を着てそれらしく見せていたのだが、数々の言葉を貰ってナミはとても幸せな気持ちになった。だから、とびきりの笑顔をサンジに向けようと思ったら、いつまでもジッと見つめてるサンジに照れてしまった。変わらずに一点を見ているその視線を辿って、ナミはサンジのおでこを突いた。
「痛ェよナミさん!」
「何胸ばかり見てんのよ、あんたは!」
「だって、ナミさんの大きな胸にぴったりで、その上……」
「あ、こらっ!」
「こんなに綺麗な背中を見せられて、俺が我慢できると思う?」
「……って、紐を下ろすな! 何すんのよ!」
「え? 俺を誘ったんじゃねェの?」
「……あんたの頭の中って結局そんな事しかないのね……」
 がっくり肩を落としたナミを見て、これ幸いと肩紐を下ろしてその肩に口づけようとしたサンジは、次の瞬間、強力なアッパーを喰らって吹っ飛んでいた。ナミはふうっと溜め息をついて、仰向けに倒れているサンジを見てクスッと笑った。
 会話の詳細を聞いてみて、何でそんな風に誤解してしまったんだろうと思ったが、その理由は自分でも解っていた。二人の関係を大っぴらにするのは性格上抵抗があったけど、今回の件でそれは認めないといけないのだろうなと思った。しかし、それと同時にあまりにも協力的だったクルーを思い出して実はバレていたんだと遅蒔きながら気づいて顔を赤くしていた。ウソップに揶揄されるまでもなく、サンジが自分にそうであるように、自分も彼に夢中なんだろうと自覚した。だから、彼の言葉にこんな風に反応してしまったのだと。
「何よ?」
 気づくと目の前に座って、笑顔で自分を見上げていたサンジがいた。それでも油断はできないと身構えていたら、彼は立ち上がって埃を払っていた。
「ナミさんの百面相!」
 サンジはニッと笑ってそう言うと、考えてる時に表情をクルクルと変えていたのを見られて焦ってるナミのおでこに口づけた。びっくりしてキスされた箇所を手で押さえたナミにサンジは手を差し出した。
「でも、どんな顔しててもナミさんは可愛いから!」
「……当然よ!」
 当たり前のようにその手を取って、二人は船の方へとゆっくり歩き出した。その最中もサンジは饒舌な舌を駆使してナミを喜ばそうといろんな話をしていた。ふと黙って見つめてきたので、ナミはどうしたんだろうと首を傾げた。意を決してという表現がぴったりな表情でサンジはナミに質問した。
「今日のナミさんは下着もフリルやレースが付いてるの?」
「…………は!?」
「ナミさんの事だから、俺を挑発するようなデザインなんだろうなぁ……俺としては透け透けなやつがいいかなぁ」
「……はぁ!? 何言ってんの!?」
 にやけた顔で一人で話を進めている彼氏にナミは呆れていた。するとサンジは当たり前だというような顔をした。
「え? そりゃあ、今夜の話を……ふごぉっ!」
 皆まで言わせずナミは隣に歩いていた恋人を容赦なく殴り倒した。そして額に手を当てて、自分はひょっとして選択を間違ったのではないかと深く溜め息をついた。しかし、そうだとしても手後れ。ハートを飛ばして倒れてる彼を見下ろして、ナミは笑うのだった。
─END─
【後書き】
 77777番目のリク内容は、『サンジが他のクルーと会話してて、ナミがサンジを見かけて声をかけようとしたとき、偶然『艶がない、美しくない〜』とか本当は食材とか全然違うコトの話なのに、ナミは自分の見た目のことについて会話されてるんだと思ってしまって、落ちるんですが。サンジ好みの女になろうとクルーとか使って何気なくサンジに色々聞き出して、すっごく見た目が更にかわいく変わったナミにサンジはビックリしてハート飛ばすけど、しばらくして誤解がとけてやっぱりいつものナミさんがいいなぁ♪という話が読みたい』との事でした。最後に「その中でのサンジの好みは超女の子らしくて、フリルいっぱいの服とかが似合う子〜みたいな感じにできれば設定して欲しいです、ナミのそんなとこが見てみたいので...(笑)」とも書かれていました。
 始めは凄く詳しく書いてあったので、これならすぐに書けそうだと思ったのですけど、長々とお待たせしてしまいました(汗)
 相も変わらず同じ事を言ったりやったりしている彼らですが、このリクのおかげで今回のサンジはとても幸せ者だと思います(笑) でも、上記の見てみたいと書かれていた箇所は微妙かもしれません。
 概ね書けていると思いますがどうでしょうか?
 始めは全然書けなくて、困ったなぁと思ってこの後のリクから書いてました。冒頭部分は早々と書いていたんですけどねぇ……。上記に例えばと書かれていた食材を使って書こうとしましたが、先が続けられないと消して休み、次に浮かんだのはまたしても髪でした(笑) 髪ネタは1度書いたからなぁと思いつつ、頭の中で展開してそのまま止まっていたのです。いつまでもこのままではいけないと思って、髪ネタで突っ走ろうと思っていたら、今回書いたものが浮かんだのです〜。違うネタで書けて本当に良かったです。でも、やってる事は相変わらずな彼らでしたが(笑)
 見てみたいと書かれていた所、サンジの好みとしては書いたのですけど、ナミはやっぱりナミなんで、気を揉んで彼の好みの格好をしようとしたけど、自分の主張も入れてしまったという……。その方がナミらしいかなぁと思ったのです。ナミが着ていたワンピース、絵に描いて残しておきたいなぁと思っていたりして(笑)
 ウソップは本当に書きやすいです。彼が早く皆の所に戻れるといいですよね〜。今回珍しくゾロがお節介を焼こうとしておりました(笑) まるでお兄さんだなぁと書きながら思いました。他のキャラを書いたからこんなに長くなってしまったのかしら? しかし、リク話なのでこれも外せなかったんですよね(苦笑) 本当はもっとちゃんと書きたかったのですけど、あれ以上は難しいと断念しました。
 実はこの2日間と少しで3本話を書きました。どうやら書き時がやってきたようです。せめて今週いっぱいは続いて、あと2本のリクも書いてしまいたいですが、療養休暇は終わって明日からは出勤なのでした〜。できるのだけど、いつもギリギリになってエンジンかかるんですよね(苦笑) 長期の休みがあったから書けましたが、それでもこの2日は他の事はしなかったですねー。そして、日常に戻ると書かなくなるのでしょうね……。
 タイトル、何とか決まりました! 始めは「恋する少女」にしてましたが、後でこちらが浮かびました。そして、そのタイトルを意識して読み返したら変ではなかったので決定にしました。途中でサンジ視点の部分もありますけど、殆どがナミ視点で話を進めているので問題ないでしょう。今ではしっくり来てるんじゃないかと思いますけどどうでしょうか?
2005/04/04 20:39脱稿
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at 20:39, 真神恵, 望月の謳(読本)

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意外なお願い

「ねぇ、サンジ君。お願いがあるんだけど……」
「ナミさんのお願いなら、俺は何だってきいちゃうよ〜」
 ぴったりと身体を寄せ合って、見てるこちらが恥ずかしくなるような仲睦まじさを毎日毎日船内で見せられて、一部を除いたクルーはやるならどこか見えない場所でやってくれと日々文句を言っていた。当初は人目を非常に気にする航海士も、付き合っている内に彼氏に似てしまったのだろうか。次第に周囲に目が向かなくなっていた。
 かつては仲間を作らず孤独に戦っていたとは思えないくらい、彼女は今、満たされていた。それがアーロンとの一件で初対面なのに彼女の為に戦い、またどうやら一目惚れしたらしいコックの、人目を憚らずに長年口説き続けた賜物だったとは納得がいくようないかないような……そんな思いを仲間は抱えていた。もとよりナミが笑っているならそれでいいという船長の言葉の通りなので、節操のないコックに苦虫を噛み潰しながらも、皆は彼らを見守っていた。
「うん。でもね?」
「うん?」
「でも、ここじゃ言えないわ」
 そう言いながら、ナミはチラと周囲に目をやった。それにウソップ工場の工場主は半眼になって見るとはなしに見ていた。そして、うるさく言われる前に出ていくとするかと片付け始めた。
「じゃあ、あいつらを追っ払う?」
 サンジがギロッと辺りを睨もうとすると、ナミは彼の耳を引っ張って、息を吹き掛けてその耳もとに囁いた。
「へ・や」
 それだけ言うと、サンジは鼻歌を歌いながら彼女を抱き上げてキッチンから出ていった。呆気に取られて見送ると、深く溜め息をついてウソップはガリガリと頭をかいた。
「あ〜、目の毒だ」
「ふふ。可愛らしくていいじゃない」
「だってよ〜。もうちょっと恥じらいってもんをだなぁ」
「長鼻君って、意外と年寄りみたいな事を言うのね?」
「いや、あんなのを見せられたら誰だってそう思うって! な? ゾロ?」
「あァ? 雨さえ降ってなけりゃあなぁ。まぁ、関係ねェ」
「だそうよ?」
「仲がいいのはいい事じゃないのか?」
「そりゃそうだな!」
 年頃なのは俺だけか、などと内心毒づきながら、この雨の中を放り出されずに、元凶の方がいなくなってくれたのでウソップはホッとしていた。
 外は激しい雨が降っていたものの、海原でGM号は身動きが取れなかった。幸いにも風はそれほど強くなく、嵐という程度ではなかった。数時間はこのままだという航海士の予測だったので、クルーはキッチンで過ごしていたのだった。
 ナミに誘惑されて、彼女を抱えたサンジは急いで倉庫に滑り込んだ。
「やだぁ、もうびしょびしょ〜」
「たったあれだけの距離なのになぁ」
 1分も外にいなかったのに二人はずぶ濡れだった。
「ナミさん、風呂に入る?」
「えー? Hな事されるから今は嫌」
「でもこのままだと風邪引くぜ?」
「身体を拭くだけで充分よ」
 ニヤニヤ笑いながら迫ってくる恋人に、ナミは慣れたようにかわしていた。
「あ、だったら俺が拭いてやろうか?」
「サンジ君、目的が見え見えよ?」
「えー? どうせする事ないんだから、いいじゃん」
「今からしちゃうと疲れるから嫌なの!」
 自分は大丈夫だが、ナミにとってはもっともな理由だったので、サンジは渋々諦めるのだった。それでもしっかり互いの身体を拭くように彼が仕向けたのは言うまでもなかった……。
 着替えを済ませてようやく落ち着くと、ソファに座ったサンジはナミを手招いた。素直に近寄って、ナミがサンジを背もたれにして腰掛けると、彼は彼女の脇の下から手を入れてきゅっと抱き締めた。
「で? 願いごとって何?」
 ナミの肩に軽く顎を置いて甘えていたサンジは、思い出したように二人きりになった目的を聞いた。
「サンジ君ってさ、私に言ってない事があるでしょ?」
 そう聞かれて心当たりがあり過ぎるサンジは、ぎくっと身体を強張らせた。過去の女性遍歴の事なのか、それとも彼女が寝てる間にやった悪戯の数々か、それともコックなのをいい事にナミに試した色々な事か、それとも口では言えないような事を色々とナミにしてみたいという己の欲望なのか、他の女を抱けない代わりに頭の中で彼女をおかずにしていた事なのか。グルグルと頭の中で悩んでいる恋人を、彼女は振り返ってじっと見つめていた。
「ははっ。えっと何?」
 ようやく視線に気づいてサンジは取り繕うような笑顔で聞いてみた。サンジの態度にどう思ったのかは知らないが、ナミは黙り込むと膝を抱えてひざ小僧に顎を乗せて前を見ていた。
「おーい。ナミさぁん?」
 呼び掛けると、拗ねたように彼女は振り向いた。そんな顔をされるような事を自分はやってしまったのかとサンジは慌てたのだが、彼が再び口を開ける前に彼女は答えた。
「サンジ君て私の事好き?」
「うん。愛してるよ?」
「好きなの?」
「すっげェ愛しちゃってるよ?」
 何で今さらそんな事を言うのだろうと首を傾げて不思議に思いながらサンジはナミの次の言葉を待っていた。付き合う前からずっと囁いてきた言葉だ。手に入る前は彼女は顔を赤くして困っていた。言われた事などなかったのが容易に判るくらい戸惑っていた。泣きそうな顔をして信用できないと言われた事もある。ちょっと強引に迫れば怖がって、引けば寂しそうにしていた。名前を覚えてもらってからは、この言葉を耳もとで囁けば、幸せそうな顔を浮かべていたものだ。本人が無自覚にそんな顔をしていた事もある。自分の事を好きだと思っていたのに、なかなか認めようとしなかった頑固な面もあり、クルクルと変わる表情。子どもっぽい所があったと思ったら、大人の魅力も兼ね備え、近くで過ごさねばならない時などその匂いに唾を飲み込み、自分の欲望を抑えるのに苦労したものだ。気に入ればすぐに手を出してきた自分だというのに、彼女には逆らえなかった。
 昔の事をそう振り返っていたサンジは、唇を尖らせてじとーっと見つめるナミの表情に気づいた。
「え?」
「じゃあ、サンジ君はビビが好き?」
「うん、好きだよ?」
「ロビンも好き?」
「うん、好き」
「じゃあ、私は?」
「愛してるよ?」
 答えを聞くと彼女は頬を膨らましてまた前を向いてしまった。彼女の意図が見えなくて、サンジがどうしたものかと考えていたら、彼女はどんと背中をサンジにぶつけてきた。機嫌を直してくっついてきたのかな、と思うが、彼女の纏う雰囲気からそうではないと感じ取ってサンジは途方に暮れた。
「だから、いったいどうしたんだよ?」
「……サンジ君って、私には『愛してる』としか言わないのね」
 どういう意味なのか考えていたら、ナミは振り向いてサンジの足に跨がって正面を向いて座った。
「私には『好き』って言ってくれないの?」
「……?」
 彼女の言った事が理解できずに口を開けてポカンとしていると、ナミは襟を掴んで顔をグイと近付けた。
「一度も言った事ないよね?」
「……言った事あるよ?」
「ウソ!」
「ウソじゃないよ」
「覚えてないもの!」
「愛してるって言った方が多いしね」
 そう言ってチュッと軽く口づけたら、ナミは目をパチパチと瞬かせた。そして悔しそうに手を離した。
「もうっ!」
「何? ナミさんは好きって言ってほしかったの? お願いってそれ?」
「……悪い?」
「う〜ん。困ったなぁ。俺はてっきりHしたいって言うのかと思ってた」
「疲れるから嫌って言ったでしょ!」
「ああ、うん」
 どうなの、と目で問われて、サンジは視線を巡らした。頭をポリポリとかいてふうと息を吐き出した。
「う〜ん。え〜っと……いいよ?」
「……何で好きって言うだけなのにそんなに考え込むのよ?」
 不機嫌を露にした声で問われてサンジは苦笑した。そして、向かい合わせて座ってる彼女をさっきのように後ろから抱き締める格好にさせると、再び肩に顎を乗せて「好きだよ」と小さい声で囁いた。
「もう1回言って」
「え……」
 振り向いて言われてサンジはしばらく考えて、今度は反対の肩に顎を乗せて同じように囁いた。しかし、ナミはどうも満足していないようだった。立ち上がると腰に手をあてて、身を乗り出してサンジを見つめた。
「もう1回言って!」
「なぁ、ナミさん。何でそんなにこだわってるの?」
 真面目な顔で問われてナミは少し涙ぐんで答えた。
「だって、他の女には言えるのに、何で私には言えないのよ?」
「言えない事はないよ?」
「ウソ!」
「何でそんな風に思うんだよ?」
「私の顔を見て正面から言ってくれないから! 今までだって、言ったって言ってたけど、それ、私の顔を見て絶対に言ってない! 覚えてないもの!」
 ナミの返事にサンジはうっと詰まってしまった。その態度にナミはショックを受けてしまった。それに素早く気づいて、サンジはどう言えば解ってくれるのだろうかと即座に考えた。
「ナミさん」
「いやっ!」
「聞いてよ」
「嫌よ!」
「ナミさんが考えてるような理由じゃないから」
 落ち着いた声で言われて、自分を捕まえようとする手に抵抗していたナミは、ピタッと動きを止めた。可愛いなぁと思いながらサンジは彼女を引き寄せ、自分の膝の上に座らせるとそっと抱き締めた。
「えっと、正面から言わなかったんじゃなくて、言えなかったんだ。それは謝るよ。ゴメンね」
「言えなかった?」
「俺さ、ナミさんにしか『愛してる』って言ってないの。それはナミさんが特別だからなんだぜ?」
「……うん」
「最初はナミさんにだって好きって言ってたよ?」
「本当に?」
「怒らないで聞いてくれる?」
「場合によるわね」
「う〜ん。だったら話すの止めようかなぁ」
「わ、わかったわよ!」
 彼女の反応の全てが嬉しくて、サンジはギュッと力を入れて抱き締めると、彼女の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「俺はビビちゃんもロビンちゃんもコニスちゃんも好き。女の子は皆好き」
「……」
「彼女らには真正面から好きだって言える。でも、ナミさんにはもう言えない」
「どうして?」
「だって、ナミさんへの気持ちは特別だから」
「……『愛してる』は特別な言葉で、それなら正面から言える?」
「そういうこと」
「変なの」
「うん。俺、女の子がいない生活なんて考えられねェの。だからそんな風になっちまった。んで、ナミさんと初めて会った時はまだそんな気持ちの方が強かったんだ」
「ふ〜ん」
「でも、特別だって思える子ができちゃって、だったらその特別をどう表現したらいいのかって考えたら『愛してる』って言葉は今まで一度も使った事がなかったなぁってさ」
「……」
「本当は好きも愛してるも同じ気持ちだと思ってたけど、ナミさんに本気になって、その言葉を言ったら全然違うって解ったんだ」
「そうなの」
「だから言えなかった。納得?」
「……女の子がいない生活なんて考えられなかったんだ? ふ〜ん」
「い、今はそこを聞いてるんじゃなくてさ」
 そう言って立ち上がったナミを見て、やっぱりそこを突っ込んだかと内心思いながらサンジは慌てて彼女をなだめに入った。そんなサンジの姿にニヤリと笑ったナミはサンジを見据えた。
「納得してあげるわ。でも愛してるって言葉を私以外の女に言ったら……」
「言ったら?」
「殺すわよ?」
 銃の形をした手で、自分の胸を打ち抜くような仕種をしたナミに、サンジは眩暈を起こしそうになった。なんて可愛い恋人なんだ。彼女以外の女性にはこんな想いを抱かないのに、ヤキモチを妬いてこちらを慌てさせ、かと思ったらこんな風に子どもっぽい真似をして、自分の気持ちを捕らえて離さない。その後に見せた笑顔を無視できる男などいはしない。ましてや自分は彼女にぞっこんなのだ。
 サンジは彼女の腕を掴んで引き寄せると、次の瞬間にはナミを押し倒していた。ビックリしている彼女にサンジは軽く口づけ、そして切ない目で恋人を見つめた。
「サ、サンジ君、Hはしないって言ったでしょ!」
「うん? 俺はしないなんて一言も言ってねェよ? ナミさんが嫌だって言ったから我慢してたの」
「そ、そうよ! 嫌なのよ!」
「うん。でもさっきは嫌って言ってたんだよな?」
「うっ……」
「さっきは嫌だったけど『今』はどう?」
「んっ……ふっ……」
「ほら、今はどう?」
「んんっ、んっん〜〜!」
「それに、ナミさんの『嫌』は『いい』の裏返しだしね」
「なっ……! あっ!」
「じゃあ、そう言うワケで……」
「何が、そう言うワケよぅ! も……ん〜〜!」
「はいはい。もう黙って。違う声で俺に甘えてね?」
「もう、ば、かぁ……! サンジ君のH!」
「はぁい。じゃあ、OKが出たんでサンジ君はHな事を雨が止むまでナミさんにずっとしちゃいますぅ〜」
「ふぁ……もうっ!」
「何だかんだ言って、誘ってるのはいつもナミさんのくせに」
 既に身体の力を奪われたナミに、サンジはクスッと笑ってその胸元に顔を埋めた。結局はナミも二人で濃厚な時間を過ごすのは好きなようで、サンジが彼女を見つめると、彼の方が強引に迫ったというのに、その彼を飲み込むように、その理性を失わせるのには充分な表情で彼を迎えていた。
 彼女に甘えて、彼女を愛して、彼女を何度も高みにのぼらせながら、彼は今までよりもっと彼女にのめり込んでいくのだった 。
─END─
【後書き】
 書いていて、気を抜くと危ない方向に話が行きそうになって焦りました(笑) それもこれもサンジのせい! 彼はなんてエロい男なんでしょう。というか、オヤジ?
 79432番のリクは、「サンナミ超ラブ×2モード。できればナミがサンジに甘えまくって、サンジがいいよっ!て包容力を見せ付けるみたいな感じ」という事でした。
 つまり大人なサンジでいいのかな? と思いつつ、アイデアがなかなか思い浮かばなくて、書き始めるのが遅くなりました。しかし、別のリク話を書いてる内に、ふと浮かんだものを記憶にとどめておりました。
 そして時間ができて、尚かつ書く気が起きた時に一気に書き上げました。書き終えて良かった! しかし、内容的には正直アップしてしまってもいいのか疑問ですけど、それは意見を聞いて考えていく事にしましょう。……って、意見がなかったらどうしようもないですが(汗)
 リクが超ラブ×2モードという事でしたから、これはちょっとナミの性格を変えないと無理だなぁと思った結果が本作品です。書いていきながら、こんなのはナミじゃないなぁと思っておりました。それでも、ギリギリのところではナミらしさは残しましたけど。それも普段のヘタれ度を下げたサンジに飲み込まれてしまいましたけど(笑)
 普通は『好き好き』と言われて『愛してる』って言われたら、その違いに嬉しくなると思うのですが、今回のナミは片方しか言われてなかったという設定でした。他の女には言ってるのに自分には言わないなんて何事よ! というナミの不満と、言われてないから言ってもらいたいという、ヤキモチから来るお願い。でもそれは意外な願いごとだなぁと思うのでそう名付けました。
 最後のシーンはかなり危なかったけど、この辺りでしたら萌えてもらえるかしら? その場面をモロに書かずに、想像してもらえるように書いてみましたし。あ、途中でもサンジが危ない人のような描写をしてしまいましたが、何を考えていたのか色々想像して楽しんで下さい(笑)
 そして書き始めるのが遅かったものの、一気に書き上げられた理由。それはもちろん先にタイトルが決まっていたからです♪
 どんな話にしようかと考えた時に、考えてみたらそれは意外なお願いになるよなぁと思ったので、そのままそう名付けました(笑)
2005/04/03 16:31脱稿
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at 16:31, 真神恵, 望月の謳(読本)

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きっかけは突然に

 初めて会った時の印象なんて、これからの自分の事でいっぱいで全く記憶にない。ココヤシ村で再会した時も、何でいるのか解らなかった。
 鬱陶しい視線。軽薄なリップサービス。大袈裟な振るまい。何もかもが煩わしい。多分、船で自分を女扱いしてるのはあいつだけだ。だから嫌だと思うのだろう。適当にあしらうが、その度に不愉快な思いだった。
 ナミの、サンジに対する印象はそんなものでしかなかった。だから、いつも彼の言葉を軽く聞き流し、自分の言う事は嫌とは言わないので上手い具合に利用していればいいとナミは思っていた。そんな彼女のあからさまな態度にサンジはどう思っているのかは知らないが、現状では上手くいっているので、船内における人間関係は問題はないように見えた。
「んナミすわぁ〜ん! お待たせ致しました! 今日のおやつは蜜柑ゼリーです。ナミさんから許可を得て頂いた蜜柑で作りました〜」
「ん。ありがと」
 船首甲板で、デッキチェアでくつろいでいたナミに、サンジはいの一番に献上していた。それを見て贔屓だと文句を言う他のクルーには面倒臭そうな顔を隠さずに言を放った。
「お前ェらのはキッチンにあるから勝手に食ってろ!」
 邪魔をするなと言わんばかりに唸るが、もとより気にする輩ではないので、歓声を上げて彼らはキッチンへと走って行った。それをチラと見たが、ナミは変わらず読書していた。しかし、傍でソワソワと立って一向に立ち去る様子のない彼に、ナミはパタンと本を閉じて溜め息をついた。
「もう少し読んでから食べるから、そこにいる必要はないわよ?」
 素っ気無い彼女にサンジはきゅうと眉毛を下げて見捨てられた子犬のような表情を作った。しかしそれも一瞬で、すぐにサンジは目をハートにして両手を握り合わせてくねくねと身体を捻っていた。
「そんな素っ気無いナミさんも素敵だぁ!」
「あっそ」
 毎日毎日繰り返される風景。うんざりしつつも、そんな日常に慣れた自分にナミは苦笑した。黙って立っていればそこそこ見られる顔をしてるのに、何故自分の前だとこうなのか、ナミにはそれが解らなかった。
「そろそろルフィたちがおやつを食べてしまう頃じゃないかしら? 早く行かないと他のものも物色しだすわよ?」
「そりゃまずい! ナミさん、ついてあげられなくてゴメンね?」
「いらないわよ。さっさと行けば?」
「つれないナミさんも素敵だぁ〜!」
「はいはい」
 慣れた会話でナミはサンジをさっさと遠ざけ、キッチンから騒ぎ声が聞こえ出すとホッと息をついておやつに手を付けた。
 サンジの作るものは最高に美味しい。自分はそれほど贅沢をしてこなかったけど、それでもそこそこ美味しいものは食べていた。けれど、彼の料理はその全てを上回る絶品だった。アレさえなければ最高のコックなのにな、と激しい音が聞こえてくるキッチンを見ながらゆっくり味わうように食べていた。
 食べ終わって満足していたら、騒音もその内消えていた。今日もまたキッチンの主の勝利に終わったのだろう。そういう風に彼らと騒ぐ姿は年相応で微笑ましいと思うのだが、自分に対するあの態度がナミは気に食わなかった。
「……」
 再び本に視線を落としていたナミは、騒ぎが収まったのならまたこちらに戻って来て、食べ終わった食器を片づけに来るだろうと思っていた。しかしなかなかやって来ないので、彼女は本を閉じてテーブルの上に乗せると食器を取ってキッチンへと向かった。
「……あれ?」
 しかし予想に反してキッチン内が無人だったので、首を捻りながらナミは流しに食器を置いた。何処に行ったのだろうとぼんやり考えながらナミは再び船首に戻ろうと階段を下りかけた。
「ナミさん!?」
「え? あっ!」
「危ないっ!」
 不意に聞こえた自分の名を呼ぶ声に驚いて、ナミは階段を踏み外してしまった。考え事をしていたので無防備だった彼女の身体は、咄嗟に反応できずに傾いだまま階下に落下していった。
「……?」
 受ける衝撃を覚悟して目を瞑っていたのだが、鼻をぶつけてしまったものの、痛みをあまり感じなくてナミは目を開けた。前に倒れたために何も見えず、ナミはしばらく呆然としていた。
「ってて……」
 不意に上から聞こえた声にショックから醒めたナミは、誰かに抱き締められてるのだとようやくその感触に気づいた。身体を起こそうにもがっちりと身体を抱きとめられていて、思うように動けなかった。
「あ、ゴメン」
 それに気づいて相手が腕の力を緩めたので、ナミはようやく身体を起こす事ができた。
「サンジ君!?」
「はぁい。貴女のナイトが参上しました〜」
 その相手を確認して、ナミは驚いて名前を呼んだ。するとサンジは右手を挙げて嬉しそうに微笑んで、しかし痛みを堪えるような声で答えた。
「大丈夫?」
 心配そうに声をかける彼女の姿に、サンジはスッと立ち上がって畏まった。
「ナミさんが心配してくれたから、痛みもどこかに行ってしまいました〜」
 そう言うと、ナミが怪我をしてないのを確認して安心したように息をついていた。そしてしゃがんでいる彼女の手を取った。一人でも立てるのだが、そう言うのは憚られてナミは素直に彼の手を借りる事にした。
「……っ!」
 しかし、ナミがいざ体重をかけて立ち上がろうとすると、サンジは顔をしかめた。立ち上がったナミはその顔を見てしまった。
「どこが大丈夫なのよ?」
「あ……ははっ。格好悪いィな……」
「何言ってるのよ! ちょっと来なさい!」
 語気も強くそう言うと、繋いだ手をそのままに、ナミはサンジをキッチンに連れて行った。有無を言わせず座らせると、医療箱を取り出してあちこち打ち身や擦り傷を作っている彼に湿布やら消毒液を付けて一応の治療をしてあげた。
「……」
 いつもは自分といると、それだけで幸せだの何だのと騒ぎ出すのに、黙っているサンジにナミは不思議に思った。そしてちらと彼の顔を見上げた。すると、彼はナミを眩しいものでも見るような、それでいて困ったような目で見つめていた。
「……?」
 その視線に少し動揺してしまって、ナミは慌てて手元に集中しようと思わず腕を握る手に力を込めてしまった。
「いてっ」
「あ、ゴメン」
「ん。でも……もう大丈夫だから」
 握る手の力を弱めていざ包帯を巻こうとすると、彼はナミの腕を掴んでそれ以上の治療を拒否するように遠ざけた。見上げるとやはり困惑した表情の彼がいて、ナミは不思議そうに首を傾けた。
「サンジ君?」
「ああ、いや。その……こんなのは怪我の内に入らねェから」
 視線を外して言われた答えに、必要ないと言下に言われたような気がしてナミは憮然とした。
「ああ、そうね! あんたらみたいな奴にはいらない世話だったわね!」
 湧き上がった怒りのまま、ナミは立ち上がってそう吐き捨てると、足音を大きく響かせキッチンから出ていった。
「……」
 サンジは、キッチンの戸口をしばらく見つめていたが、ふらっと身体を倒して机にその横顔を乗せては溜め息をついていた。
 船首甲板に戻って、周囲に、明らかに怒ってるから話しかけるなという空気を振りまいて、ナミは再び読書しようとページを開いた。しかしそんな気分で読める筈もなく、すぐに本を閉じて立ち上がった。さっきまでとは違い、晴れ渡った天候にさえ怒りを向けてナミは部屋へと戻った。
 ベッドに寝転んでも、ナミは気持ちが一向に収まらなかった。そして、何でこんなに気持ちが乱れるのか解らなかった。少なからずショックを受けたのだというのはナミには受け入れられない感情だった。
 時間だけが過ぎていって、馬鹿馬鹿しいと思ったナミは身体を起こした。何も考えずに座っていて、ふいに抱き締められた時の感触を思い出してしまった。ゾロに比べて、どこにあんな力があるのか判らないような細身の身体。その上、いつも黒いスーツを着用しているために更に細く見える。なのに、さっき階段から落ちて受け止められた時、自分の身体はすっぽりと彼の腕の中に納まっていた。キッチンにいた時だって、掴んだ腕は太くて、掴まれたときは自分の手は少し力を入れられたら折れてしまうんじゃないかと思うくらいとても大きく力強かった……。
 それを思い出してナミはぶるっと震えた。普段肌を見せていないものだから、彼が着痩せするタイプだったのだと初めてナミは知った。いつも自分の言いなりになっているが、彼は紛れもなく男で、その上自分を女と見ているのだ。今までだって女扱いされてる事が嫌だと思ってはいたが、そんな風に怖いと思った事は一度もなかった。
「…………怖い?」
 思い浮かんだ言葉を無意識に呟いて、ナミは自分の身体を抱き締めた。そして、どうして今までそんな風に思わなかったのだろうと考えて首を振った。自分が認識してなかった事というか、サンジがそう思わせなかったのだと思い至った。さっきの事がなかったら、多分ずっと気づかなかった事だ。
 何故ならサンジは自分に一切触れようとはしてなかったから。いつも自分を目で追っていたり、普通の女の子ならすぐにのぼせてしまうような言葉を言ったり、自分の言った事や行動に大袈裟に感情を表現したりするが、それはいつも自分から少し離れた位置でしていた事だった。女好きだけど、そういう配慮ができる人間でもあるのだと改めて思った。
 そして、そこまで考えてナミは落胆している自分に気づいた。少なからずではなく、相当ショックを受けている自分に気づいた。自分の本心が少し解った気がして、それを認めたくない自分もいるのに気づいて苦笑した。
 ノックする音に気づいてナミは目を開けた。そしてあのまま寝ていたんだと気づいた。動くのも面倒なので、返事だけしたらノックの主は遠慮がちに夕食の仕度ができたと告げてきた。この船で部屋をノックするのは一人しかいないのだが、微睡んでいたナミはそこまで意識が働かず、声が聞こえてからバッと身体を起こした。自分でも笑えるくらいにぎこちなく答えると、声は安心したようにキッチンへと戻っていた。自分の反応に再び苦笑して、ナミは身支度を整えると戸外へ出てキッチンに向かった。
 ドアを開けると、そこは既に戦場と化していた。呆れて見ていると、サンジはナミを笑顔で迎え、手付かずに置かれていた料理を示した。
 ナミが食事を始めた頃には他のクルーはもう食べ終わる頃で、彼女は二人きりになるのが嫌で食事を拒否しようかとさえ思った。しかし、その理由はとてもコックの彼には言えないものだったから、ナミはできるだけ早く食べてしまおうと黙々と食べていた。
 静かなのでふと顔をあげると、彼は食器を洗っていた。完全に自分に背中を見せていたのでナミは安心して食べる事に専念しようとした。しかし、気づいたら彼の背中を見つめていた。こんな風に彼を見た事はなかったなと思いながら、その背中を見ていたら、再び先ほどの感触が甦った。
 こうやって離れて見たら細く見えるのに、その幅は自分よりも遥かに広いのだとナミは改めて思った。でも、さっき一人でいたときに感じた怖さを今は感じなかった。口を動かしながら、何故だろうかと知らずに首を傾げていた。
 視線を動かさずに尚も見続けていたら、彼が急に振り返ったのでナミは口にしていた物を思わず飲み込んだ。そして少しむせてしまって慌てて水を飲んだ。
「だっ、大丈夫!?」
 ナミの様子にサンジは慌てて駆け寄った。しかし、無言で手の平をこちらに向けて何でもないと意思表示されてホッとした。そしてサンジは形容し難い複雑な表情で彼女を見ていた。
 何とか落ち着くと、自分の醜態にナミは穴に入りたい気持ちになった。しかし、そんな事はおくびにも出さずにようやく食事を終えた。
「ごちそうさま」
 そう言って、食器を持っていこうと立ち上がると、スッと食後のお茶が差し出された。それを見ていると、サンジはナミから食器を取り上げて再び洗い始めた。
「あ、ありがと」
「いいえ〜」
 いつまでも立っていても仕方がないので、ナミは腰を下ろすと少し熱い紅茶を飲む事にした。そしてあれと思った。見るとまだ食器洗いは終わってなくて、ならばどうしてさっき彼はこちらを振り向いたのだろうかと疑問に思った。お茶を出すためだとしたら、普段だとちょうどいい温度で出していたのでそれは違うと思った。そうしてまた彼を注視してる自分に気づいていなかったナミは、またしても振り向いた彼に驚いて目を大きく見開いた。
「あの、さ、ナミさん」
「え?」
「何でそんなに俺の事を見てるの?」
 ナミにとって、それは初めて見る表情だったので、思わずしげしげと見つめてしまった。それをどう思ったのかは知らないが、サンジは視線を外してますます顔を赤らめていた。
「何でって……知らないわよ」
「ええっ!?」
「あ、でも……あんたのそんな顔を見たのは初めてよね? 何か新鮮だわ」
 クスッと笑って答えられた自分にナミは内心驚いていた。さっきまで彼に対して抱いていた気持ちはいったい何だったのだろうか。ナミは腕を組んで思わず考え込んでしまった。
 今度は腕を組んで「う〜ん」と考え事を始めたナミに、サンジはどう反応したらいいのか解らず立ち尽くしていた。
「えっと……ナミさん?」
「ん?」
「さっきからどうかしたの?」
「え? 何が?」
 どうやら無自覚らしい。サンジは掴めない彼女の態度に参ったなと頭をかいていた。ナミの方はというと、やっぱりいつも通りに接する事ができて少し混乱していた。自分で自分の事が解らない。これまで生きてきてそんな事は一度もなかったので戸惑っていた。
 奇妙な空気がキッチンを取り巻いていて、サンジは居心地が悪くて決心したように彼女に疑問をぶつける事にした。
「さっきからさ、ナミさんはずっと俺の事を見てたでしょ? 背中向けててもそれが痛いくらいに判ってさ、俺なんだか落ち着かなくて……」
「……そうなの?」
「ああ、だからちょっと驚いてさ」
「何で? あんたはいつも私をずっと見てるじゃない」
「そりゃぁそうだろ? 俺はナミさんの事が好きなんだからさ」
「ああ、そうだったわね。でも、ずっと見られてる人の気持ちも解ったんじゃない?」
「え?」
「つまりはそういう事! 私は別にあんたの事をずっと見てないけど、見られてたら落ち着かなくなるのよ」
「え? ナミさんも?」
「そうよ?」
「いつもうざそうに見えたけど……」
「解ってたんだ?」
「あれ? だったらさっきと言ってる事が違うんじゃねェ?」
「は? 何が?」
「落ち着かないって……」
「……」
 ナミは話をしながら、こういう風にまとも会話したのは実は初めてなんじゃないかと思っていた。そして、サンジに指摘されて初めて自分の言動が矛盾している事にも気づいた。
 再び押し黙ってしまったナミに、サンジは戸惑っていた。それにいつもだったら自分の言う事を簡単にあしらっていた彼女と、こんな風に会話しているのも信じられなかった。普段彼女に言ってる言葉の数々は本心だが、ナミにそれが伝わっていないと思っていたし、そう思わせないように気を遣ってもいたからだ。
「い、いや! 解らねェなら無理に答えなくてもいいよ。えっと、俺、ちょっと倉庫に行ってくるからっ!」
 急にそわそわと落ち着かなくなって、仕事を放り出して出ていこうとした彼の襟首をナミは掴んだ。
「え? ナ、ナミさん?」
「あんたさぁ、意外と露骨よね?」
「え?」
「今、逃げようとしたでしょ?」
「うっ……」
「あんたっていつもそうよね。だから私もあんたの言葉なんてまともに取り合うだけ無駄だって思うのよね」
 ワザとらしく溜め息をついてナミはサンジを掴んでいた手を離した。そして、日頃の鬱憤を晴らすように彼を正面から睨みつけた。
「それにね、他の女と一緒に扱うような態度は止めてくれないかしら! 凄くムカつくから!」
 ビシッと彼を指差して言い放つと、ナミは再びあれと思った。これではまるで自分を特別扱いしろと言ってるみたいではないかと。指差されて驚いていたサンジは、唾を飲み込むと嬉しそうに笑った。
「なぁんだ。ナミさんも俺の事、本当は好きだったりするんだ?」
 言われてナミは顔を赤くした。しまったと思った時には彼にその顔を見られていて、ナミはだらだらと汗をかき始めるのだった。
「ちっ、違うわよ! そんな事誰も言ってないでしょっ!」
「うん。でも、言ってる事はあまり変わらないと思うぜ?」
 笑顔でそう切り返されて、ナミは言葉につまった。そしてハッと身構えた。
「え〜っとさ、殴られるの覚悟で言うんだけど……ナミさんを抱いていい?」
「なっ……!」
「あっ! 違う違う! 抱き締めていいかって聞いたんだよ!」
 拳を振り上げようとしたナミに、サンジは慌てて訂正した。それでも怒りを隠さずにいる彼女に、彼はにっと笑った。何でこんな時に笑うのかと怪訝な顔をしていたら、サンジは一歩ずつナミに近づいた。
「やっぱりさ、ナミさんはそうでなくちゃね」
「え?」
 目の前にいる彼を見上げたら、サンジは微笑んでいた。そしてナミは初めて逃げ道を作ってくれたんだと理解し、彼が自分より大人なんだと感じた。こうやって近くで見たら、やっぱり彼は大きくて、その胸板は広かった。そしてそんな彼を見て自分の心臓がうるさく鳴っているのも自覚した。さっき一人で考えて感じた時のような怖さはない。でも、全く怖くないわけではなかった。それをサンジは解っているんだとナミは気づいた。再び見上げたら、そんな彼女の葛藤をまるで知ってるかのような笑顔だったので、ナミはホッと息をついた。
「だからさ、ナミさん。あんまそうやって俺を見つめないでくれっかな?」
「え?」
「いや、俺も男なんで、好きな子にそんな風に見られたらかなりヤバいんだ」
「はぁ……」
 結局彼はいったいどうしたいんだとナミが呆れていたら、サンジはさっき自分を戸惑わせた、あの困ったような目で自分を見つめた。スッと視線を外して、どうしたものかと考えていたサンジは、ふうと息をついて再び彼女を見た。
「さっきさ、ナミさんが階段から落ちた時、俺、何も考えずに君を受け止めようとしたんだ。で、あまりにも華奢で、でも柔らかいナミさんを抱き締めて凄ェ焦った」
「何で? そうしてくれなくちゃ私は怪我をしていたもの。感謝してるわよ?」
「あー……だからさ、俺は絶対にナミさんに触れちゃ駄目な奴なの」
「さっきから何が言いたいの?」
「だからさ、俺はナミさんが好きで、一人の男なわけで」
「……なぁんか、すっごいムカツク。私に近づくなって言うわけね? 遠回しに言い続けるのなら、そう解釈するわよ?」
 眉を釣り上げて迫る彼女に、サンジは次第に顔を赤らめていった。そしてきつく目を瞑ったと思ったら、ナミをぎゅっと抱き締めてきた。
「……」
 彼女が抵抗しないのをいいことに、サンジはむき出しの彼女の肩に顔を埋めて、更にきつく抱き締めた。
「つまり、こういう事をしたくなるんだ。だからさ、ナミさんは今まで通りに俺を軽くあしらっていてほしいんだ。でないと、俺はどんどん調子に乗るから」
「ふ〜ん」
「いや、ふ〜んてっ!」
 彼女の淡々とした反応に、サンジは慌てて彼女から離れた。無表情に自分を見上げる彼女に、サンジは一人で慌てていた。
 ナミは、彼が自分に触れなかった理由を初めて知った。知って納得した。抱き締められて想像していたような恐怖を感じなかったので拍子抜けしていた。そして間抜けな顔をしてオロオロと自分を見ている彼をおかしく思った。
「いいわ。あんたがそう言うなら、私はずっとあんたを軽くあしらってあげる」
「そ、そう……」
 キッパリと言われてサンジは安心したような落胆したような表情を浮かべた。そしてそれを見てナミは嬉しいと思った。また、数時間前と今の自分が違うという事を知っていた。認められなかった感情が、今は素直に自分の胸の中に宿っていると受け入れられた。だから、ナミは最後にこう付け加えた。
「でもねぇ、さっき受け止められて焦ったのはサンジ君だけじゃないのよ?」
「え?」
「サンジ君が男の人なんだって、抱き締められて初めて解ったの。何であんたに対してああだったか、触れる事がなかったらずっと解らない感情だったかもね」
「って事はナミさんはやっぱり……!」
「じゃあねっ!」
 ハッとサンジは慌てて彼女を見て真偽を問おうとした。しかしナミは見蕩れるような笑顔をサンジに向けると、軽やかな足取りでキッチンから出ていった。自分に初めて見せてくれた笑顔に惚けてしまった彼は、彼女の気持ちを確信した。仕事はまだ途中だったけど、今のサンジの頭の中は他の事で占められてしまっていた。だからサンジは彼女の後をすぐに追いかけていった。
─END─
【後書き】
 おかしい……。もうすぐラストだ、でもどうまとめようかと悩んでいた時は4000字を越えたくらいだったのに、それから倍に文字数が増えている(汗) グダグダやってるなぁと思いつつ、キーを打つ手が止まりませんでした……。
 80000番のリクは「サンジの身体を意識するナミの話」でした。
 リクには補足がありまして、それによりますと「サンジは男性にしては細身で、またスーツで着痩せしてそうだと。それがふとしたきっかけで、この人は男の人なんだなぁ〜ってナミが思うようなお話を」との事でした。
 そんなつもりではなかったのですが、とっても少女漫画な話になりました(笑) これは多分、表紙が可愛かったから買った漫画が極甘の少女漫画だったからでしょう! いや、そんなのを読まなくても貴方の話は少女漫画ですから! という突っ込みは勘弁して下さい(笑) 男性向けにしてしまうと、サンジは暴走してしまいます。そうなるとサイトには掲載できない内容になりますから!
 10代の盛りの男の子があそこで思いとどまれるのかなと思いました。でもまぁ、彼はプリンスですからね! とはいえ、自分の気持ちも正直に話していてちゃっかり彼女の素肌にも触れていましたけど。あ、顔を肩に埋めてキスしちゃってます(笑) それを怖いと思っていたのに受け入れてしまってるナミ。言葉でいろいろ言ってるだけで、本当は両想いなバカップル話でした!
 でも、ちゃんと気持ちが通じてるワケではないので、そこはこれからサンジが頑張るのです(笑)
 今回もタイトルは……これを書いてる時点では決まってませんでした(汗) って、副読本用の文は一番最後に書くので、またしても決めずに書いていたのです。だから最後はどうまとめようかだなんて思う羽目になるのですー。
 ただ、リクを受けた時には大まかな形と、外せないエピソードはすぐに決まったんです。後は単に書く時間がなかっただけなのです。そしてタイトルが決まってなかったので、それに輪をかけてしまったんです(汗)
 何だかありがちなタイトルですが、外れてはいないと思うので、ふと浮かんだものをそのまま付けてみました(笑)
2005/04/03 13:55脱稿
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at 13:55, 真神恵, 望月の謳(読本)

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その裏側で

「あっ……ちょっと……」
「ん? 何?」
「まだ明るいのに……」
「だって、ナミさんが誘うからだろ?」
「冗談に決まってるでしょ! 本気にしないでよっ!」
「そりゃ無理。冗談だなんて思わねェ。ナミさんに誘われて俺が拒めるわけないし?」
「……やだ、ちょっと……! 悪かったから。だから……ね?」
「ん〜でも、男の子は急には止まらないんです〜」
 甘えた声でそう言うと、サンジは壁に押しつけたナミの豊満な胸に顔を埋めた。ナミの声の調子が変わったその時に、急に船体が揺れて、踏ん張れる状況にいなかった二人は仲良く転倒した。
「痛ぁい!」
「クソッ! いいところで!!」
 頭をぶつけて叫ぶのは彼女、心の底から恨みを込めて唸ったのは欲望に忠実な彼だった。ぶつけた箇所をさすりながら、ナミはハッと今の事を思い出した。
「ちょっと待って? 今、誰か舵を切ったんじゃないの!?」
「え? そうなの?」
「あり得ないわ! ちょっと行ってくる!」
「ちょっ! 待って!」
 次の島が近いので、天候も安定してるのでこんなに揺れるような事はまずない。だから舵も切る必要はないと指示は出していた筈だった。何か不足の事態が起きたのかと、サンジが止める声を無視して、ナミは航海士の顔をして外へと出ていった。
「あ〜。行っちゃったよ」
 せっかくこれからだったのにと、サンジは呆然と彼女が出ていった戸口を見上げた。今外したばかりの彼女の下着を握りながら……。
「ハッ! ぼ〜っとしてる場合じゃないぞ、俺!」
 しかしすぐに我に返ってそれを無意識にポケットに突っ込むと恋人を追いかけた。
「ちょっと! 今舵を切ったのは誰!?」
 室内から飛び出すなり海を見てもあんなに船体が揺れるような波はなく、また同様に強い風だって吹いていなかった。だから益々おかしいと思ったナミは舵を握っている人物を認めて呻いた。
「ようナミ!」
 ウキウキと嬉しそうな顔で彼女を見つけたのは船長だった。そしてその傍にはナミを見て狼狽えてる狙撃手と、彼女の剣幕に驚いている船医がいた。
「……あんた、今何したの?」
「ん? 誰もいねェからよ、ちょっと触ってみた!」
 ニシシと笑ってご機嫌で彼は自分がやったと白状した。
「舵はこのままだって、私言わなかった!?」
「ん? そうか?」
「俺は止めようとしたんだよ。けど間に合わなくてさ」
 飄々と答えるルフィと、申し訳なさそうなウソップにナミは溜め息をついた。そして、現在の船の位置を把握すると指示を出した。
「まぁいいわ。切り返せばいいし。ルフィ、面舵40度よ」
「おう!」
 景気よく答えた船長の声に、ナミがしまったと後悔した。
「このバカ! 違うでしょ! しかも何でいっぱいに切ってるのよ〜!」
「面舵つったじゃなェか。面舵だって」
「面舵40度って言ったの!」
「よんじゅうどぉ〜。面舵つったらいっぱいだろ!?」
「つうかルフィよ、お前が今やったのは取舵いっぱいだ」
「そうなのか?」
 わりィわりィと笑顔で謝るルフィに、はぁぁ〜とナミは溜め息を付いた。
「見なさい! さっきまで見えていた島は今何処に見えてる!?」
「……あり?」
「あんたに指示した私がバカだったわ……」
「ナミさん!」
 ナミが脱力して肩を落としていると、サンジがナミの元に駆け寄った。そして現状を即座に理解した。
「このクゾゴム。よくも邪魔をしやがったな!」
「ん? 俺、なんかやったか?」
「ああ……多分、ナミと何かしてたのを邪魔されたんだろうな」
 キョトンとして聞くルフィとナミを見ながら解説しているウソップに、サンジは血管が切れそうになった。
「この長っ鼻! 解ってんならこいつを抑えとけ!」
「俺のせいにするな!」
「つうか、お前ェどこ見て話してんだ!」
「二人とも、喧嘩はいかんぞ!」
「「お前ェのせいだよ!」」
「ナ、ナミ〜。何とかしてくれよぅ」
 オロオロ見ていたチョッパーは、事態を収めてくれる彼女に助けを求めた。
「ちょっと、静かにしなさいあんたたち!」
「はぁ〜い」
「俺は騒がしくなんかしてねェぞ! な?」
「そだな」
 一様に叩かれて大人しくなった3人を尻目に、ナミは海を見ていた。すると、騒ぎを聞き付けたのか、残りのクルーも集まって来た。
「あら? 何かあったの? さっき船が揺れたけど……」
「おかげで俺は海に落ちそうだったけどな」
「気持ち良さそうに昼寝をしていたものね」
「ふん!」
 その現場を見ていたのか、ロビンはクスクス笑って剣士を見ていた。しかし、二人とも前方に目を向けて気持ち良さそうに目を細めた。
「いい風だ。今度の島は春島か?」
「そのようね」
 腕を組んで満面の笑みで前方を見つめているゾロに、頬に手を当てているロビンが答えていた。何故か二人でほのぼのしてる雰囲気に、チョッパーの足は自然と彼らの方へと向くのだった。
「いい、ルフィ? 今度間違えたらもう二度と握らせないわよ」
「おう! 任せておけ!」
「じゃあ、面舵……」
「よっしゃ!」
 最後まで言わない内にルフィは再び取舵を取ろうと右手を下から上へと動かそうとしていた。それと同時にサンジがウソップの頭を掴んでナミから離そうとしていた。
「いい加減見るのを止めろ!」
「ご、誤解だ! な、何も俺はナミの胸を見てなんかいないぞ!」
「しっかり見てんじゃねェか!」
 青筋を浮かべて怒るサンジはウソップの頭を掴んでいる手に力を込めた。ウソップはその手から逃げようとしたが、前を見て慌てて舵を掴んでその動きを止めた。
「てか、ルフィ! それは取舵だって言っただろうが!」
「ん? そうだっけ?」
「逃げんな!」
「ああもう! サンジ君うるさい!」
「な、ナミさん! だってよぅ」
「だってじゃないの! 上陸の予定時間が狂うじゃないの!」
 航海士の仕事をしているナミには、サンジの気持ちなど解らないようだった。だからサンジはナミを強引に皆の所から離して「何よっ!」と怒っている彼女に顔を近づけコソッっと耳打ちした。
「ブラ……外したまま」
「えっ……!?」
 言われて大きく開いている胸元を見下ろし、そしてダラダラと汗をかき始めた。
「皆に気付かれてる?」
「あ……ウソップには確実に」
「……」
「ナミさ……っ!」
 俯いて沈黙したナミの顔を見ようとかがんだサンジの顔には、次の瞬間拳がめり込んでいた。
 ずっと見えていたというのに、上陸できたのはそれから数時間経っての事だった。どうあっても操舵輪を手放さない船長に、ナミは諦めて指示の仕方を変えた。島が正面に見えるように舵を取れという、ルフィに理解しやすいものに変えたのだった。
「じゃあサンジ君、今回は荷物持ちはいらないからついてこないでね〜」
 にっこり笑ってナミは早々とロビンと連れ立って船を下りてしまった。取り残されたサンジは、主人に置いてけぼりを食わされた犬のようにしょんぼりしていた。
「あれ? サンジは出かけないのか?」
 肩を落としてキッチンに戻って来たコックに、ウソップ工場で辺りを散らかしていた狙撃手が話しかけた。
「ああ。今日はいい……」
 律儀に答えたサンジの様子に、ウソップはまたナミについてくるなと言われたんだろうと正確に事情を察していた。それもナミが戻るか、もしくは我慢できずに彼が出ていくかで解決するので、ウソップは気にしないで最後のネジを締めて新しい道具を完成させた。
「じゃあ、俺はこれを試してくっから、後はよろしくな!」
 サンジの次にマメなウソップは、しっかりと後片付けを終えてから、ぼんやりと紫煙を燻らせていたサンジにひらひらと手を振って船を下りた。
「……」
 どれくらいの時間が経っただろうか? 普段は騒がしい船内が、当然ながら独りだと静寂に包まれている。耳を澄ませば聞こえるのは波の音とカモメの鳴く声。サンジは息を吸い込んでふうと煙を吐き出した。と、カタンと軽い音がして、キッチンのドアが開かれた。
「うわっ。何この煙は!?」
 白く煙っている室内に驚き呆れた声の主に、サンジは嬉しそうに微笑んだ。
「おかえり、ナミさん」
 原因である彼を見とがめて、ナミはフンと息も荒く嘆息した。見れば彼女一人のようで、一緒にいたロビンはどうしたんだろうとサンジは思った。しかし、彼女がこちらに近づいてきたら、そんな事はどうでも良くなってしまった。
「あんたねぇ、私について来るなって言われたからって、そんな顔する事ないでしょ!?」
 彼女は座ってる彼を見下ろして、その片頬をペチペチと軽く叩いた。おまけに何よこの部屋はと換気のためにドアを大きく開いた。そして振り向くと、自分をずっと視線で追っていた彼を振り返って苦笑した。
「ちょっと、いつまでぼ〜っとしてるのよ」
 ん? と問いかけるような視線に彼は、彼女のむき出しの腕を掴んで自分の方へ引き寄せその唇に優しく触れた。彼の膝の上に座った時に、超ミニの緑のスカートが捲れたのも気にしないでしばらくそうした後、ナミは彼から身体を離した。
「まったく! ちょっと邪険にされたからってそこまで落ち込むこともないでしょ?」
「ああ……うん」
 曖昧に笑ったサンジに、ナミはそのおでこを人さし指で突いた。
「今日は何であんたと一緒にいなかったのか、ちゃんと理由があるのよ」
「……うん」
 立ち上がったサンジもその理由は解っていた。しかし、彼はだからこそ一緒にいたかったのだと視線で訴えた。その目で見下ろされて、ナミはうっと詰まって、少し頬を膨らまして持っていた包み袋をぐいっと彼の胸に押しつけた。彼が包みを受け取ると、腕を組んでツーンと顔を横に向けて彼女は言い放った。
「解ってたんなら、そんな顔しないでよ。バカ!」
 このグランドラインでは、島に上陸できるか否かなど、見えるまでは予定など立てられる筈がない。だから、上手く前日までにたどり着ける筈もなく、その逆だって大いにある。当日に着けたのは奇跡に近く、そんな時は慌てて用意をするのだ。今回がまさにそういう状況だった。
 開けるねと断ってから開いた包みの中から、サンジはシンプルなデザインのアクセサリーを取り出した。変わらず顔を逸らしていたが、ナミは視線だけちらっと彼に向けた。しばらくそれを見つめた後、彼は包みを置くとそれを首に付けた。
「……」
「ナミさん、ありがとう」
「べ、別に? 安かったから買っただけよ!」
「でも、俺のために買ってくれたってのがスゲー嬉しい」
 さっきまで落ち込んでいたが、どうやら機嫌が直ったらしく、彼はニコニコと笑顔でお礼を言っていた。それに内心現金な奴めと思いつつ、こちらまで嬉しくなるような笑顔なので、自然とナミも微笑むのだった。
「じゃあ、行くわよ!」
「え? どこに?」
「皆待ってるんだから!」
「は?」
「いいから!」
「わかったけど、ナミさん」
「何よ?」
 サンジの手を握って引っ張っていたナミだったが、なかなか動こうとしないサンジに少し苛ついて振り向いた。すると彼の顔が目の前にあって、目を大きく見開いた。そしてふっと息を吐き出して目を瞑った。サンジは目を瞑って自分を待ってくれている彼女に微笑んで、自分を魅了する唇に口づけた。今度はしっかりと抱き合って、深い口づけを交わしていた。
「……ふっ……んぅ……」
 苦しくなって顔を離したナミだったが、すぐにサンジに唇を塞がれた。うっすらと目を開けたナミは、サンジを見てにっこりと笑った。そしてしょうがない奴めと片手を彼の首に回し、もう一方の手で頭を撫でた。
 彼女とのキスを堪能したサンジは、名残惜しいと思ったが、ナミが文句を言う前に彼女を解放してあげた。ナミは頬を赤らめてほっと息をつくと、再び彼の手を取ってにっと見上げた。
「行くわよ?」
「うん……あっ、待って」
「まだ何か?」
「これってナミさんとお揃いなのかなぁと思って……」
 空いてる片方の手で、サンジはナミの首元に手をやって、同じデザインのアクセサリーに触れた。そして彼女に視線を合わせると、彼女はにっこり微笑んだ。
「安かったからね!」
 さっきは言い訳するように言っていたのに、気づいてもらったのが嬉しかったのだろうか。屈託なく笑う彼女に、サンジも嬉しそうに微笑んだ。
「ところでナミさん」
「ん?」
「どこに行くの?」
「写真を撮りに」
「写真?」
「ウソップが記念に一枚撮ろうって言ったの。だから私がサンジ君を呼びに来たってわけ」
 ああ、そう言えば、何かを作っていたウソップが、試してくると言って出ていったが、あれはカメラだったのかとサンジは思い至った。
 迎えた彼らは一様に遅いと文句を言って、空いてる場所にさっさと座れとナミたちを促した。サンジがゾロに何で手前ェが真ん中で、ナミさんとこんなに離されなきゃならねェんだと文句を言い始めた。時間がかかるだろうと呆れたナミはナミで雑誌を読む始末だった。そうしていたら、いつの間にか写真を撮られてしまっていた。
 帰り道、尚もブツブツと文句を言っているサンジに、ナミは呆れたように笑って、お揃いのネックレスを付けてるからいいじゃないと、トップを指に引っかけて彼にウインクをしてみせた。その仕種に、周りが呆れているのも気にせずに彼は彼女を抱き締めて、大きなコブを彼女に作られるのだった。
─END─
【後書き】
 3/7発売のWJを何故買ったのか。それは話を書くためでした。ネクタイネタを書いた時と同様、立ち読みで見た時に何か書けるかな、書けそうだなと思ったんです。その後も別の店で表紙を見た時にうーむと考え込み、週末になってまだあったら、これは書けという啓示だと思って本屋に行きました。すると、まだまだ高く積まれたWJがあって苦笑しました。そんな経緯があって購入したのです(笑)
 表紙絵から巻頭カラー。始めは別々で話を作ってましたが、一緒にしても別におかしくないと思って1つに仕上げました。
 ただ、表紙の操舵輪がGM号ではないのは明らかでしたので、そこをどうしようかと迷いました。もしかしたら次に彼らが乗る船なのかもしれませんね。
 途中で、ゾロロビかと思えなくもない場面がありましたが、特にカップリングを意識したものではありません。表紙から想像したらそんな風にしか思い浮かばなかっただけなんです。でも、ゾロロビ推奨な人がそう見て下さっても構わないです。いや、本当にこの絵の二人は、というか左側はほのぼのしてますよね〜(笑)
 書きながら思ったのですが、ナミがサンジにお揃いのペンダントをプレゼントしたのは、サンジの誕生日だからって事にしました。ナミはロビンと連れ立って、一人で買いに行きたかったけど、サンジは一緒に行ってナミに選んでほしいと思ってたんですね。
 既に誕生日の記念小説は発表していたので、別に明記しなくてもいいかなと具体的に書かなかったのです。……って、気づかれた方はいますか? もしくは変に感じました?
 本当は、最後の写真を撮る下りも書こうかなと思ってはいたのですが止めました(汗) 他にも突っ込み所が満載だなぁと思いますが、まぁいいかとアップする事にしました。
 ところで、感想をここに書くのはどうかと思いますが、今、WJではとても悲しい場面ととても嬉しい事が判って、ますますこれからが楽しみに思える展開ですよね! ナミのホッとした表情だとか、ロビンの凛とした顔だとか。サンジも復活した事ですし♪ ナミが気づいたのが同じ号っていうのが嬉しく思いました。水の都編は、本当に「ワンピース」が面白い漫画なんだと再確認させられるお話だと思います。
 さて、今回のタイトルは自分でも変だと思います。誰に対して言ってるんだよと突っ込まれそうな……。「その裏側」の“その”とは、何を指しているのかは、読んで下さったらすぐに判ります。なぁんだと思うでしょう(笑) 今まで書いた中では異質なタイトルかなぁと思いますが、最初に思い浮かんだのがコレだったんですよね。
2005/03/20 00:34脱稿
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at 00:34, 真神恵, 望月の謳(読本)

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青年の主張

「ようし、皆揃ったな?」
 食卓を囲んで、さぁ今から食うぞと勢い込んでいたクルーたちは、部屋の主の言葉にある者は不満そうな顔をし、ある者は面倒臭そうに溜め息をつき、ある者は不思議そうにしたり、驚いていたり……様々な表情で彼を見た。
 コックは、複数の目に見つめられても意に介さず、ただ一点のみを見つめて笑った。
「皆知らないだろうけど、明日は俺の誕生日だ」
「おお、そうか! だったら宴会か!?」
「だったら飲み放題だな」
「誕生日ね〜」
「ようし! だったらお前の為に何か作ってやるぜ?」
 それぞれ、性格がよく判る発言をしてサンジの話に付き合ってやる事にしたようだ。それを聞いて、サンジは気を良くしたようだった。
「宴会もいいけど、ナミさん」
「何?」
「明日、どっか島に寄れねェかな?」
「島ぁ? 寄れなくもないけど……」
「だったら寄ってくれねェ?」
「お? 島に寄るのか?」
「何だ? 外で飲もうってか?」
「やぁ……そうじゃねェんだけどな」
「何だよ? さっさと言えよ」
「予定を変えさせてまで寄る必要があるのかしらね?」
「プレゼントを欲しいと思ってさ」
「プレゼントぉ〜?」
 ただ飲み食いしたいだけの彼らは、一気に温度の冷えた声音で単語を返した。それに苦笑したが、サンジは相変わらず一点だけを見つめていた。視線の先にいる人物も、彼らと同じ反応をしていた。
「お前ら宴会って、その料理は誰が作るんだよ?」
「サンジ!」
「コック以外の誰が作るってんだ?」
「あ、でもよ、誕生日だって言ってるんだから、作らせるのはどうよ?」
「え〜? でも、サンジ君は作ってくれるんでしょ?」
 すぐに「人を指で指すな」と船長の頭に蹴りを入れたサンジは、ナミの質問に反射的に答えそうになったがそれを堪えた。
「いや、ナミさん。確かにそれは俺の仕事だけど、明日はちょっと……」
「……ちょっと待って。明日島に上陸して、本当に外で食べようっていう事!?」
「構わないんならそれで……」
「冗談! こいつらに外で食べさせたら、どれだけのお金が飛んでいくかあんたも解ったんでしょ!?」
「……サンジ、諦めろ。金が絡んだらナミはテコでも動かねェからよ」
「その通りよ!」
「うわ。全然否定しねェのな……」
「え〜っと……まぁ、ダメなら料理はちゃんと用意しておくからさ」
「……さっきから歯切れが悪ィな。言いたい事があるんならさっさと言え。アホコック」
「そうだぞ! 俺はもう食うからな!」
「って既に食ってんだろ、お前は!」
「……で? 結局何が言いたいの?」
 既に関心の無くなったクルーは料理の奪い合いを始めていた。それに遅れまいとウソップもルフィに食べられないように奮戦していた。そんな様子なので、争奪戦に関係のないナミは、仕方なく彼の言葉を待ってやる事にした。
「明日、俺と一日付き合ってくれねェ?」
「…………は?」
「うん。だから、明日は誕生日祝いに、ナミさんが俺と一日付き合ってくれたら嬉しいなぁと思って……」
「それで島に上陸したいと?」
「そう。ダメかな?」
「そうね、面倒臭いわね」
 キッパリと言われてサンジは落胆した。誕生日にかこつけて誘うというのは我ながら情けないとは思うが、使える手は何でも使わないと目の前の彼女に近づくのは至難のワザなのだとこの数カ月を一緒に航海して痛いほど判ったサンジはダメもとで聞いてみた。
「そこを何とか!」
「……何でまた私と?」
「えっ?」
「女の子なら島にもいるでしょうが」
 腰を曲げて手を合わせて頼み込んでいたサンジは、ナミのその言葉を聞いて顔を上げた。そしてまじまじと彼女の顔を覗き込んだ。
「な、何よ?」
「いや……ナミさん、それ本気で言ってるの?」
「? 何ワケわかんないこと聞いてるの?」
「……そっか」
「ちょっと、一人で何納得してんのよ!?」
 人の顔を覗き込んだかと思えば、何かを解ったかのように笑うサンジに、ナミは少し苛ついた。そんなナミの胸中を知ってか知らずか、サンジは笑みを崩さぬまま身体を起こした。
「知りたい?」
「別に?」
 ツンと顔を逸らして気のない返事をしたナミを見たサンジは、料理を殆ど平らげてしまった3人に視線を移した。
「そういうワケだ、野郎ども! 明日は俺とナミさんの邪魔をするなよ」
「なっ! だ、誰もあんたに付き合うだなんて……」
「あ〜はいはい、勝手にしてろ」
「サンジ、今日のも旨ェぞ!」
「くっだらねェ事に時間を使うな。アホが」
「ちょっと!」
「一日くらい付き合ってやりゃあいいじゃねェか」
「どっちにしろ、俺たちには関係のないこった」
 本当に関係がないので、ナミの抗議も無視して食事を終えためいめいは、席を立ってこれ以上関わるのはゴメンだと言わんばかりに外へ行ってしまった。残されたナミは呆然とそれを見送るしかなかった。
「さ、ナミさんも食事が冷めない内に食べてしまってよ」
 二人の間には沈黙が流れたが、サンジは気にする風でもなくナミに食事を勧めた。ナミは無言で、少し冷めてしまったが変わらず美味しい料理を口にしていた。そして、食べ終えた頃に出された紅茶を飲んで一息つくと、傍に立っていたサンジを睨み上げた。
「人を無視して勝手に話を決めないでちょうだい!」
「怒った顔も可愛いなぁ〜」
 全然こたえてないサンジの言葉に脱力し、ナミは机に突っ伏した。
「だから、あんただったら別に私じゃなくても付き合ってくれる女は一杯いるでしょ?」
「ん〜。まぁ、そうだけどさ」
「だったら……」
「だけどさ、俺が明日付き合って欲しいのはナミさんだしなぁ」
「……」
「ナミさんこそ、何で嫌なのさ?」
「べ、別に嫌だなんて言ってないわよ……」
「そ? だったら決まり! 明日はよろしくね!」
 既に反論する気力もなく、ナミは一人で結論づけたサンジを見て溜め息をついた。
 明けた翌日、朝食が済む頃に島が見えたとウソップがキッチンに入ってきた。それを聞いて喜んで船首に向かうルフィと入れ代わってウソップは差し出された食事を始めた。
 数時間で接岸できると判ると、サンジはすぐに昼食の仕込みを始めた。そしてナミにその間に準備して待っていてくれと言って、テキパキと仕事をこなすのだった。その頃にはナミも、誕生日だから特別よとサンジに言いおいて開き直る事にしていた。
「で? どうするの?」
 地面に下りてから目や煙草の煙をハート型にしていたり、クルクルと踊りながらナミの傍に寄ってきたサンジは、ナミの質問にその動きを止めた。
「?」
 怪訝そうな顔で見上げてくる彼女に向かって、サンジは曖昧に笑った。
「いやぁ。一緒に過ごせるのが嬉しくて、どう過ごすか全然考えてなかった……」
「バカ?」
「はい、バカです〜。こうなったら荷物持ちでも何でもしますよ!」
「あのね……それじゃあ、いつもと変わらないじゃない。あんたは誕生日である今日に私と過ごしたいんでしょ? それでいいわけ?」
 呆れてそう言うナミに、サンジは感動したように彼女を潤んだ瞳で見つめた。
「な、何よ。気持ち悪いわね」
「ああ、ナミさん! 君はなんて優しいレディなんだ!」
 両手を広げてそのまま抱き締められそうになったので、ナミはすかさず背後に逃れた。空振りして自分を抱き締める格好になったが、サンジの喜びはその程度で消えはしなかった。
「ずっとここでこうしていたいなら勝手にしなさいよ!」
 ナミはそう言い捨てて歩きだした。「待ってェ〜」と猫なで声をあげながら、サンジはハートを飛ばしてその後を追いかけた。
「あんたって、本当に見てて飽きないわね」
「えっ!? 俺の事、そんなに見つめてくれてたの?」
「面白いって言ってんのよ」
「そんな、素敵だなんて。本当の事言わないでくれよ」
「……あのね」
 さっきからこんな感じで見事に会話が噛み合わない。自分と過ごすからそんなに浮かれているのかと思うと、少しだけ嬉しいとは思うが、ここまで来ると正直辟易する。しかし、何を言っても都合よく解釈するのは解っているのでナミは話すのを止めて、ランチメニューのサラダから食べる事にした。外側の席に座っていたので、ナミは人通りを眺めながら食事をしていた。それまで食べもしないで騒がしく喋っていたサンジが急に黙ったので、ナミは彼の方へと視線を移した。そしてそのまま動きを止めた。
「……何見てんのよ」
 かろうじてそれだけを言うと、ぎこちなく再び外へと視線を戻した。
「何って。ナミさんを見てる」
「そ、そう……」
「ナミさんこそどうしたの?」
「何が?」
「俺に見つめられて困ってるからさ」
「困ってなんか……」
「ほら」
「あんたが」
「ん?」
「あんたが真面目な顔して私を見てるから……」
「え〜? 俺はいつもこんな顔してナミさんを見てるじゃん」
「見てないわよ。いつもハート目にしてるか、ヘラヘラしてるかじゃない」
「そう?」
「そうよ! だから……!」
 そんな目で私を見ないでよ、と言おうとしていたナミは、振り向いた時に再び視線が絡み合ったので言葉に詰まってしまった。晴れ渡った空のように青いその目はとても穏やかで、普段彼が彼女に見せているどの表情でもなかった。だからナミはどうしていいのか解らなくなって混乱してしまった。
 その胸中をどう感じたのか、サンジはすっと手を伸ばし、少し伸びて目にかかっている前髪を横へと流した。その動きを黙って見ていたナミは、自分の心臓が1つ大きく波打ったのを自覚した。
「だから?」
 その目を見ていられなくなったナミは、サンジの唇へと視線を落とした。しかし、続きを促す言葉を紡いだ唇の動きに少し頬を赤らめた。
「だ、だから……」
「うん?」
「も、もう! 何言おうとしたか忘れてしまったじゃない!」
「……困ったな」
 本当に困ったような声音で言われて、ナミは再び視線を上げた。すると彼は額に手をやって、そのまま上へと移動させて前髪をかき上げていた。その動きに困惑していると、サンジも困ったようにナミを見つめた。
「あんまり見た事もない可愛い顔しないでよ」
「っ!」
 ナミは一気に顔を赤らめた。そのまま硬直していると、サンジはクスクス笑いだしたのでハッと我に返った。
「……あんた! 私をからかってるの!?」
「えっ!? 違うよ。本当にそう思ってるんだよ」
「じゃあ、何でそこで笑うワケ!?」
「え? だってさ、今まで見た事もないナミさんの顔が見られて嬉しくなったから」
「あ、あんたこそ、いつもの軽口はどこへ行ったのよ? あんまり驚かさないでよね!」
「何? ナミさんも俺と同じなんだ?」
 指摘されてナミはグッと言葉に詰まった。そしてサンジのギャップに狼狽えている事を認識した。更に、その様子を当人にじっくり見られていたのだと気づくと、一旦納まった頬の赤みが増すのを止められなかった。
「う、うるさいわね!」
「あ……どうしよう。俺、もっと欲張りたくなっちまった」
「な、何よ!?」
 すっと狙いを定めたような目で見つめられて、ナミは心臓がさっきよりも更に跳ね上がった。しかし、すぐにその視線から解放されて、再び穏やかな目でサンジに見つめられたのでナミはホッとした。
「ナミさん、俺、ナミさんの事が好きだよ?」
「知ってるわよ」
「本当に?」
「いつもそう言って私の周りで踊ったりハート飛ばしたりしてるじゃない」
「うん、そうなんだけどさ」
「違うっての?」
「え〜っと、あれは照れ隠しで〜、テンションを高くしないと言えなかったというか何というか……」
「え?」
「つまり、本気って事、なんだけど?」
「……え?」
「やっぱり。全然伝わってなかったんだなぁ……」
 次々と飛び出す言葉に、ナミは呆然と聞いているしかなかった。今、目の前にいる男は何て言った? と自問して、サンジに言われた言葉を反芻した。そして肩を落として俯いてる彼の頭を見ていた。
「……本気って?」
「だから、俺は女の子だからって意味じゃなくて、ナミさんという女の子だけが好きだって言ってるんだよ!」
 そう言って顔を上げたサンジの頬は赤らんでいた。色素の薄い顔にはそれがハッキリと見て取れて、ナミは口を開けたままポカンとしていた。
「……ちょっと、その反応は悲しいかも」
「ゴ、ゴメン。いきなりそんな事言われてもね」
「……」
「え、えっと……。先にご飯食べよう? サンジ君ほどじゃないけど、ここのも美味しいから」
「あ、ああ……」
 それからは二人は早くこの空間から逃れたいのか、一言も話さずに食事を済ませると外へ出た。
 船に戻るのでもなく、何となく二人はブラブラと歩いていた。サンジは結局自分の告白が無かったものとされるのではないかと不安に思っていた。
「……私、サンジ君の言う本気って意味が良く解らないのよね」
 突如立ち止まってポツリと呟いた言葉に、サンジはその真意が何か読み取ろうと彼女の次の言葉を待っていた。ナミは同じく立ち止まったサンジを見上げた。
「そう言えば、会って間も無い私を助けようとしてくれたわよね? もしかしてその時から?」
「そう……かもしれないな。俺がGM号に乗ったのだって、半分はナミさんが乗っていたからなんだし」
「……ふうん。本気っていうのはどんな気持ちなの?」
「どうって……どう言ったらいいのかなぁ」
「私はね、あんたたちは違うって思ってるけど、男ってのは身体が目当てとしか思えないのよ。だから、そんな事言われても正直困るのかも」
「身体って……」
 呆然と聞き返してくる青年に、彼女は自虐的な笑みを浮かべた。
「それにその方が判り易くていいのよね。気持ちなんてあった方が面倒だって思ってたから」
「ちょっ……ちょっと待って」
 突然のナミの告白に、サンジは狼狽えた。そして、そんな彼の姿をナミは冷たい気持ちで見ていた。
「どう? あんたの幻想を裏切る私だけど?」
「そうじゃなくて……そうじゃなくて! そんな事をどうして俺に? だから諦めた方がいいとでも言ってるのか?」
「さぁ……?」
「俺さ、実はナミさんのお姉さまに過去の事は聞いてるんだ」
「!」
「だからさ」
「……そう」
「だから、俺が言いたいのは、昔はどうか知らないけど、俺にとっては目の前にいるナミさんが全部だから、わざわざそんな事を言って自分を傷つけないでって事で……ああ、クソッ! こんな話がしたいんじゃなくて!」
 突然大きな声を出したのでナミは驚いた。彼女には何故サンジがそんな事を言い出すのか解らなかった。そして自分よりも辛そうな顔をしていたので、傷つけてしまったのかと言葉を発するのを躊躇っていた。
「俺はただ、ナミさんが好きだって事が言いたいんだよ!」
「……うん」
「別に答えを今してほしいって言ってるんじゃなくて。だからワザと自分を貶めて、俺を遠ざけるような事はしないでほしい」
「……え? 遠ざけてる?」
「俺にはそう聞こえた」
「そんなつもりは……」
 そう言いかけて、ナミは遠ざける気持ちが全然なかったかと思い返して言葉を続けられなかった。しかし、サンジはそんな彼女をどう取ったのか優しく微笑んだ。
「……うん。多分、ナミさんも無意識に言ってしまったんだと思ってるから」
 優しい言葉にじわりと胸が温かくなるものの、彼の気持ちに対する答えをナミは持っていなかった。
「でもね、解らないのは本当なの。どんなのか教えてくれる? って聞くのは良くないかな?」
「じゃあ、今日は俺の誕生日だし、プレゼントはナミさんと一日デートなんで、あと少し俺と付き合ってね? 晩ご飯まで」
 最後におどけてサンジがそう言うと、ナミはプッと吹き出した。
「晩ご飯までなんだ?」
「外で食べるなって言ったのはナミさんだぜ?」
「はぁ〜おかしい。そうだけど、こんな事なら夕食の分も作ってから出かければ良かったわね」
 屈託なく笑いながら、何気なく言った彼女の言葉にサンジは思わず彼女の顔を見た。
「何?」
「え? あ、いや、何でもないよ」
 驚いた顔の彼をキョトンと見返して、深く考えずにナミは歩き出した。少し遅れてサンジも歩いて彼女の隣に並んだ。さっきは少し荒んだ気持ちになっていたが、今はいつも通りの彼女に見えてサンジはホッとした。
 ナミと一日を過ごすというプレゼントはまだ有効だと安心して、サンジはすぐ傍で揺れている彼女の頭を見下ろしていた。これまで彼女に近寄れなかった理由は、先ほどの彼女の告白で少し理解できた。だから、告白を拒否されなかっただけでも良しとするかと、気持ちを切り替えた。そしてすぐにこれまでの自分を考えたらとても悠長な考えに苦笑した。
「何?」
「ん? いや、俺って意外に気が長い奴だったのかなと思ってさ」
「そうなんだ?」
「あ、でもナミさん限定ってただし書きがつくんだけどね?」
「何よそれ〜? 変なの」
 おかしそうに笑う自分をまたあの穏やかな目で見るサンジに気づいたが、ナミはさっき見られていたように心音がうるさくなる事はなかった。そんな自分に驚き躊躇いつつ、視線を足元に下ろした。
「えっ?」
 左手に温かくて柔らかい感触がして、サンジは彼女と同じく視線を下ろした。すると、少し照れたように俯いて、ナミはサンジの左手を握っていた。
「……これくらいなら。今日は誕生日なんだし、プレゼントよ!」
 言葉も無く繋がれた手を見ていると、ナミはぶっきらぼうにそう言った。繋いだ手からじわじわと喜びが溢れてだして、サンジは幸せそうに微笑んだ。
「あぁっ! 本当に困ったなぁ。いつもされない事されると、俺、心臓が爆発しそうになるんですけど〜」
「……本当だ!」
「ちょっと、ナミさん!」
「ん?」
 その心音を確かめるためなのか、ナミは手は繋いだままスッとサンジに近寄って右の耳を胸に当てていた。これにはサンジも余裕がなくなって、半ば叫ぶように精一杯の抗議をしてみた。
「俺、本当はいっぱいいっぱいなの! だから、あんまり可愛い事しないでくれっ! 期待しちまうし、抑え利かなくなるからっ!」
「へぇ? 抑えが利くんならこれくらいしてあげるわよ?」
「いや、だから……」
 彼女のこの反応は、本人の自覚を待つだけだという希望的観測を持っても大丈夫という事なんだろうかと、ナミの無邪気な笑顔を見てサンジは考えた。都合良く解釈するのは自分の特技なので、サンジはそれならと、これからはどんどん攻めていこうと決心した。
「何よ? いきなり黙らないでよ。調子狂うわね」
 ブツブツと文句を言うナミに、サンジは離れようとする彼女の肩を、空いてる手でそっと抱き寄せ驚いてる彼女に口を近付けた。しかし目を大きく見開いて、自分が何をしようとしているのかとその瞳に僅かな恐れを映したのを見て取って、目的を変えて頬に軽く口づけた。
「……っ!」
「これくらいしてくれるんなら、俺も抑えの利く奴で頑張ってみるさ」
 頬に手を当てて悔しそうに睨む彼女ににっこり笑って、サンジは悪びれずに宣言した。内心は恐る恐る彼女の様子を窺っていたが、繋がれた手が解かれないので心の中でホッと息をついた。
「口にされたら許さなかったところよ?」
「ん。そう思ったんで口じゃなくてそこにしたんだ。本当は口にしたいけど」
「あんた、ぶっちゃけ過ぎ!」
「だって、そう言っておけばナミさんも心の準備ができるだろ?」
「勝手に言ってなさい!」
「はぁ〜い! と、それじゃあ名残惜しいけど、そろそろ帰る時間なんで船に戻ろうか、ナミさん」
「聞くまでもないけど……今日は満足したかしら?」
「そりゃあもう!」
「そ。それは良かった。あっ!」
「?」
「ついでだから言ってあげるわ。お誕生日おめでとう」
 その笑顔にサンジは一瞬呼吸を忘れた。そして見る見る顔を赤らめていったので、ナミは不思議なものを見るような気持ちでサンジを見上げた。
「サンジ君?」
「だから! ナミさん!」
「え?」
「無自覚なのが堪らねェ……。まさに小悪魔だよな、ナミさんって」
「ちょっと、それどういう意味よ!?」
「え〜っと、これ以上可愛い事されたら、またキスしたくなるって事!」
「答えになってないわよ!」
「ん〜。でも、ずっと手を繋いでくれてるんで、俺はこの幸せを感じていたいんで、これ以上はもう何も要求しませんっ! 今日は! 以上っ!」
「だから、私を無視して勝手に決めるなって言ってるでしょ!」
 延々と、再び噛み合わない会話をしながら、二人は仲良く船へと向かった。サンジは、誰がどう見ても幸せなんだと判る顔をしていた。その隣で歩きながらナミは、何も見返りなく今日の事を了承したわけではないから、自分が何かを要求するのはサンジも判っているだろうとほくそ笑んだ。どうせなら同じように誕生日に言ってやろうと心に決め、さて自分は何をしてもらおうかと考えていた。そして船が見えてきた辺りで何かを思いついたらしく、ご機嫌で鼻歌を歌っているサンジをちらりと見上げた。面白そうに見ている彼女の視線に、彼は最後まで気づく事はなかった。
─END─
【後書き】
 まだイーストブルーにいる頃の話を書いてみました。そろそろサンジ誕だなぁと考えた時に話は浮かびました。初心に戻ってサンジ片想い話です(笑)
 推敲はしたのですけど、ナミがどうも一貫してない書き方になったなと反省してます。あと、展開が少女漫画ですよね……。ナミだけでなく、サンジもサンジじゃない感じで(汗) 自己犠牲を厭わないサンジが、自分の望みのために果たして仕事を放棄するだろうかと、読み返す度に悩んだのですが、そうしないと話が進まないので不満に思った方がいましたらすみません。
 始めは会話ばかりが続いて少し焦りました。で、一度書き終えてから文を挿入してみたり……。ちょっと今までと違う書き方をしてしまったなぁと思ったりしてました(笑)
 実は、このまま何も思い浮かばなかったらチャットのみでサンジ誕を祝おうなどと考えておりました(苦笑) 抱えてるリクも中々進みませんしね。そちらを優先しようと思ったのですが……。ネタというのはいきなり湧いてくるものですね! 良かった良かった。
 誕生日をナミと過ごすサンジの話を書こうと思いついたんです。いつもリップサービスや過剰な反応でナミへの気持ちを表現してるサンジに、正攻法で行かせてみようと。
 含みのある終わり方をしてますが、続編は書こうと思えば書けると思います。これは先のお話でも同様で、書きながら二つともこれって続きが書けそうだなぁと思っておりました。ただ、書くかどうかは未定です。
 サンジがとてもいい目に合ってると思います(笑) 誕生日ですもの、そうしてあげないと不憫ですよね〜。相変わらずWJでは登場の気配もないですし。
 実は今回、書く前にタイトルが決まっていて、だから日曜日に4時間かからずに書き上げられたんですよね。でも、推敲している内に違うタイトルが浮かんできて、そっちの方がいいんじゃないかと思って変更しました。因に、最初に浮かんだタイトルは「望むもの」でした。……まぁ、どちらも捻りのないタイトルというのは変わりませんけど(笑)
 何度も読み返してる内に、青年の主張という言葉が浮かんだのです。何か、訴えてるなぁと思ったものでして(笑) でも、あんまり深く考えてないので、まぁ、言われてみれば何かを主張してはいるな、と軽い気持ちで読んでやって下さい。
2005/03/01 22:58脱稿
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at 22:58, 真神恵, 望月の謳(読本)

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秘密のひととき

 ふ、と目を覚ましたナミは、しばらく自分がどこにいるのか把握できなかった。眠気の残る目で周囲を見回すと、鮮やかな黄色が目に飛び込んできたので思わずそこに視線を合わせた。
 サンジはナミの右前で、腕に頭を乗せて眠っていた。そこでナミは航海日誌を途中まで書いてうたた寝してしまったのだと思い出した。今日はとても慌ただしい一日だったからなと苦笑したナミは、自分の身体にかけられていたジャケットに気づいて微笑んだ。同じく疲れてしまったからなのだろう。サンジはナミが目覚めて身じろぎした気配に気づけなかったようだ。恐らく仕事が終わった後、眠っている自分に黒の上着をかけて斜向いに座ったサンジは、自分の寝顔を見ていたんだろうなと容易に想像する事ができた。冷めてしまった残りの紅茶を飲み干して、日誌を書き終えたナミはしばらくそんなサンジを見つめていた。
 いつまで経っても起きる気配がないので、ナミはそっと立ち上がった。そして、滅多に見られない彼の寝顔をもっと見ようと近づいた。1つしか違わないのに、普段は大人のような振るまいが多いサンジも、眠っていればまだ10代というのを思い出させるあどけない寝顔をしていた。ナミは何だかおかしくてクスッと笑った。可愛いなんて言ったら、サンジは複雑な顔をするだけなのか、それとも拗ねてしまうのだろうか。そんな事を想像して一人悦に入っていた。
 起こした方がいいとは思うのだが、どんな夢を見ているのか、あまりにも幸せそうな顔をしているのでナミは起こすのを躊躇っていた。そして、袖を通していないので襟元をキュッと掴んでいたサンジのジャケットをふと見下ろし、それを彼の肩にかけてあげた。
 それでも目を覚まさないので、ナミは何だかそこから去り難くなった。そしてどうせ目を覚まさないのならと、再び近づいたナミは少し屈んで彼の額に軽く口づけた。
「ん〜」
「っ!」
 するとサンジが身じろぎしたので、ナミは心臓が飛び出るくらいに驚いて咄嗟に彼から離れた。聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいに大きく響く心音を、聞かれないようにするためなのか、ナミは胸に手をあててサンジを見つめていた。そして次の瞬間、何故自分がこんなに慌てなければならないかと思い至ってクスクス笑い始めた。
 しかしそれでも目が覚めないサンジに、もしかしたら今夜は何をしても目が覚めないんじゃないかとナミは思った。それと共に、いつもなら眠っていても自分の気配を敏感に察知するのに、そうでない彼にムッとしていた。端から見たらそれは身勝手な要求なのだが、そんな事を気にするようなナミではなかった。
 そうっと横に座って、ナミは机に頭を乗せて至近距離でサンジの寝顔を見つめた。そして瞼にかかっている彼の前髪を耳へと引っかけてその目を露にしてみた。しかしそれでもサンジの目は開かなかった。次にナミは肉の薄い頬に人さし指で軽く突いてみた。すると目をギュッと引き絞ったのですぐに指を離した。何やらムニャムニャと口を動かした後、サンジは再び穏やかな寝息を立てていた。
「サンジく〜ん? こんな所で寝てると風邪を引くわよ〜?」
「ん〜?」
「起きる?」
「ん〜ん〜」
 耳もとでそっと囁くと答えてくるのでナミは彼の顔を覗いてみたが、その目は依然として固く結ばれたままだった。自分が聞いたからとはいえ、寝ぼけてもちゃんと答えるなんてサンジらしいなとナミは苦笑した。
 更に調子に乗ったナミは、今度は両の耳を軽く引っ張ってみた。少しずつ力を入れてグイグイ引っ張ってみるが、眉を寄せた時点でパッと離してみた。しばらく口をモゴモゴさせたけど、再び静かになったのでナミは吹き出すのを堪えるのが大変だった。
「私がこんなに構ってあげてるのに、目を覚まさないなんてね〜」
 ぼそっと呟いてナミは先ほどと同様にコロンと頭を机の上に乗せて彼の寝顔を見つめていた。この事を知れば、彼はきっと起きてる時にしてくれと本気で泣きそうな顔をして言うんだろうなぁと、想像するのは難しくなかった。
「でも、起きてる時になんて絶対にしてやらないんだから」
 そう呟くと指で鼻をはじいてやった。こんなに色々したのに起きないなんて本当に珍しい事もあるものだと思ったナミは、暫く考えたあと、薄く開いている口に自分の人さし指を突っ込んでみた。こんな時に目を覚まされたらどうしようと思うと、自然、胸の動悸が激しくなってきた。それでもどんな反応が返ってくるのかなと期待して見ていると、彼は口の中に侵入した異物を吸い始めた。
「……」
 なんて事はない。煙草と勘違いしているのだ。それは解っているのだが、ナミは自分が顔を赤くしてる事を自覚していた。
「……」
 間抜けな自分を笑おうと思ったが、笑う余裕はもうナミにはなかった。
「……っ!」
 これが狸寝入りをしての事だったら殴れば済む事なのだが、相手は本当に眠っているのでそうする事はできなかった。遂にナミはのっぴきならない状態になる寸前で指を引き抜いた。少し息を乱してキッとサンジを睨めば、何も知らない彼は急に口元が寂しくなったためか再び口を動かしていた。しかしそれもすぐの事で、気持ち良さそうな顔をして眠るのだった。
「……」
 乱れた息のまま、吸い寄せられるようにサンジの口元を見つめていたナミは、ハッと我に返った。そして急に恥ずかしさが込み上げてきて、机の上の日誌を掴むと逃げるようにキッチンから出ていった。
「大丈夫よ、サンジ君は寝ていたんだし。誰も見てなかったんだし!」
 先ほどまでの自分の行いに対して言い訳をするように呟いて、その頬を赤らめたままナミは足早に女部屋へと向かった。
 バタン!
「っ!?」
 ふいに聞こえた大きな物音に飛び上がるくらいに驚いたサンジは、音がした方へ顔を向けた。そしてコキコキと首を鳴らした。確か仕事を終えたらナミが日誌を書きかけで眠っていたので、彼女にジャケットをかけてその寝顔を見つめていた筈だ。どうやらそのまま自分も眠っていたらしい。かなり長い時間眠っていたらしく、首や肩がこっていた。
 自分の状況を把握してから、先ほど目覚めさせた音の方へと再び顔を向けた。そしてあれはドアの閉まった音だと思い至る。たった今までナミはここにいたらしい。驚いて起きた拍子に落ちた自分のジャケットを拾い、それを確信した。
 しかしどうしてあんな大きな音をさせて外に出て行ったのだろうかとサンジは首を捻る。自分を起こすためにしたのだろうかと考えてみて、それなら普通に起こせばいい事だと気づき、ならば何故かと顎に手をあてて考えようとした。そして、手をあてた途端に感じた口元に何やら違和感を覚えた。覚えた違和感にあっと口を開いたサンジは、自分の顔が綻んでいくのが判った。しかし、すぐに残念そうな顔で今までいたらしき想い人が出ていった方を見つめた。
「……どうせなら起きてる時にしてくれたらいいのに」
 あっさりとナミがしていた事を看破して、彼女が思った通りの言葉を口にして、彼はホッと息をついてとぼとぼと男部屋へと歩いていった。
─END─
【後書き】
 突発書きです。昨日に思いついて書き上げましたが、やはり見直してからアップしようと思ったので今までかかってしまいました。推敲ではなく、今回は見直しだけです。おかしいと思った箇所があったとしても気づかない振りをしてあげて下さい(笑)
 え〜っと、バレンタインではないので、チョコレートは出さなかったのですけど、サンジにいい思いをさせたくて書きました。と言っても彼は寝ていたのですけど(笑) あと、久しぶりに書いたのでリハビリという意味もあります。
 来月サンジの誕生日なのですけど、昨年のようには頑張れないでしょう……。それに、今はリク小説を書きたいので。……全然進んでないのですけどね(汗)
 始めは眠ってるサンジに悪戯するナミを書こうと思ったんです。悪戯と言っても変な意味ではなくて、微笑ましい感じの悪戯(笑) でも、サンジだとすぐに目覚めそうですよね。だから今回は目覚めないのを前提にして書いてました。「慌ただしかった一日」というのを何か書こうかなと思ったのですけど、思いつかないのと、たとえ思いついたとしても書くとまた長くなるので一言の説明だけで終わらせました。でも、それだと全然説得力がないなぁと思うのが正直な所です。
 前々から書いていたように、今年もバレンタインデーにちなんだ話を書こうとは思っていませんでした。パラレルの方は色々考えて書いてたんですけど、海賊設定だと日本に存在してるイベントはないでしょうから。
 昨年書いたのはそこで説明していた通り、特別だったんですよね。でも、3連休の最後の日の朝にバレンタインデーだからというのではなく、本当にポンと浮かんだのです。いつものように練ったわけではないので、小説ではなくSSと言った方が正しいでしょうね(苦笑)
 久しぶりに書いたのでどんな反応をされるのか少し心配ですが、書こうと思った時に書けたので、何とか書き上げる事ができました。それが嬉しく思います。
 タイトルは書いてる時点では考えていませんでした。でも「穏やか」とか「幸せ」とか……ふんわりした意味合いだったらいいかなぁと考えながら中身を書いてました。最初は「ささやかな幸せ」って付けたのですけど、何かおかしいと思い変更しました。それでも何かおかしいという気持ちは無くなってないのですけど(汗)
2005/02/14 21:17脱稿
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at 21:17, 真神恵, 望月の謳(読本)

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海賊襲来!

「て、て、て、て、て、敵襲−−っ!!」
 クルーで目のいいウソップの叫びがGM号に響いた。メインマストの周りに座り、おやつを美味しそうに食べてフォークを銜えていたルフィは、珍しく先に食べ終えたウソップがいる見張り台へと首を伸ばし、彼が戦慄いている方向へとその首を巡らした。
「おおっ! 久しぶりに腕が鳴るなぁ!」
「よし、ルフィ、後は任せた! 俺は隠れてるからな!」
「ん? そうか?」
 そう言うや否やウソップは素晴らしい脚力を発揮して、見張り台を降りていった。首を元に戻したルフィの表情は、誰が見てもこれから始まる乱闘をワクワクしてるようにしか見えなかった。
「な? ゾロ?」
「ああ。確かにしばらく何もなかったから身体が鈍って仕方ねェ。まぁ、軽い運動くらいにはなるな」
「お前ェらは何でいつもそんなに楽しそうなんだ!?」
「うわっ! 熊みたいなすっげェでけェのがいる!」
「何ィ!?」
 戦闘員がそんな暢気な会話をしてる間にも、敵船はグングン近づき船員が目視できるほど迫っていたのでチョッパーは少し慌てていた。船べりに張り付いて見てるチョッパーの頭を、無骨な手がワシワシと撫でた。それが誰なのか判っていたので、チョッパーは憧れの目でその人物を見上げた。
「まぁ、すぐに片付くさ」
「うん!」
 腹ごなし程度になるだろうと呟き、ニッと口の端を上げて不敵に笑った剣士を全幅の信頼をもって見上げたチョッパーからは、先ほどまで感じていた不安な気持ちなど何処かへと消えていた。
「ゾロ〜、頼むよ〜」
 その後方、メインマストに隠れるように声をかけたのはウソップだった。
 ウソップの声が聞こえて、キッチンでお茶とケーキを食べていたナミは思わず立ち上がり、ロビンはカップを口にしながら窓の外を一瞥した。外の様子を窺っていたサンジは、すぐにナミ達の元へ戻ってきた。少し強張った顔をしているナミを見て、サンジはロビンと目配せした。
「え!? ちょっ……!」
 その様子を黙って見ていたナミは、次の瞬間身体が宙に浮かんだのでビックリした。サンジはナミを抱きかかえ、ロビンの手で開けられたドアを出ると倉庫へ向かった。運ばれている間、大人しくしていたナミは、中で下ろされるとサンジを見上げた。
「あいつらは暢気に構えてるけど、万が一って事もあるから、ナミさんは部屋で待機してて」
「万が一の事があったら?」
「ナミさんは俺が絶対に守るから心配しないで」
 そう言うと、サンジは軽くナミに口づけた。多少引っかかる部分もあったが、今は緊急事態なので、サンジが唇を離してこちらを見つめた時ナミは黙って頷いた。それに安心したサンジはニッと笑うと軽い足取りでドアの外へ出て行った。
「あら? 私は守ってくれないの?」
 出るとドアをしっかりと閉じていたサンジに、クスクス笑いながら上から声がかけられた。ドアにもたれたサンジは、ゆっくりとした動作で煙草を銜えると、それに火をつけ煙をこれまたゆっくりと吐きだした。そうしてにっこり笑って声の主を見上げた。
「もっちろん! ロビンちゃんもお守りしますよ〜」
「ふふっ、頼りにしてるわ。コックさん」
 そんな会話を背後で聞きながら、ウソップはこの船の連中はどうしてこうも緊張感がないんだと呆れていた。そして、自分も倉庫へと行きたいのに、サンジがいるために入れそうもないのでチョッパーと共に船尾に移動した。
 敵船は4隻。雄叫びを上げて戦意を高揚していた。そんな声を聞いたのかそうでないのか、ルフィは腕を振り回すと敵旗艦へ向けて勢いよく伸ばした。
「!?」
 刀に手を置き待ち構えていたゾロは、船長が何をしようとするのか容易に想像できたが、想像したときには既にもう片方の手で捕らえられ、そのまま弾丸のごとく敵船へと突撃する羽目になっていた。
「あ〜あ。行っちまったよ」
「何だ?」
 ゾロの叫びを聞いて、いつでも撃てるように砲弾を準備していたウソップはやれやれと首を振っていた。
「じゃ、まぁ、こちらに乗り込んで来たクソ野郎どもは任せてもらうとするか。あ、ロビンちゃん、悪いんだけど宜しくね」
「お易いご用よ、コックさん」
 レディにこんな事をさせるのは不本意だとブツブツ言いつつも、彼女が貴重な戦力である事には変わりなかった。そんなサンジの葛藤をロビンは微笑ましく見ていた。
 ナミは女部屋でソファに腰かけながら、これまでどんな奴らの襲撃を受けても何とも思わなかったのに、今回に限って何故だか不安に襲われていた。だから、いつものように軽く「よろしくね」とは言えなかった。自分だって戦闘に全く役に立たないわけじゃないと強がりすら言えなかった。ナミは知らず服ごしに、その下に仕込んでいた天候棒を握りしめていた。
 しかし、しばらくしても船内は非常に静かだったため、ナミは自分の取り越し苦労に苦笑した。やはり彼らがむざむざと敵海賊の乗船を許す筈がないのだとホッと息をついて、こんなに静かなのだからもう出ていっても大丈夫だろうと判断して立ち上がった。
 階段を昇って戸を押し上げると、複数の足音が聞こえてきてナミは緊張した。その後に大砲の音。音の大きさから、恐らくウソップが敵船に向けて撃ったのだろう。結果がどうなったかはここからは知る事はできないが、ナミは部屋から出ると音を立てないように戸を閉めた。足音を忍ばせて倉庫のドアから外の様子を窺おうとしたが、サンジがドアにもたれたままだったのでよく見えなかった。乱暴に開けてまで見ようとは思わないから、もう少し部屋に籠っていようかと諦めようとした矢先、サンジが動いた。少しだけ見たら引き返そうと思ってそっと丸窓から外を覗くと、サンジがその細い足から想像できない脚力で敵を屠っていた。
 サンジにここへ連れてこられた時にはルフィとゾロの姿が見えなかったので、既に敵船へ乗り込んでいったのだろう。敵海賊の規模が把握できてないが、彼らなら絶対に大丈夫だとナミは確信していた。大砲を発射したのでウソップもGM号にいる。チョッパーとロビンはどうしてるのだろう? しかし、ここからそれは判らなかった。
 18歳の、同年代の少女に比べたら自分も戦闘力は皆無ではないと思うが、それを過信するほどナミは愚かではなかった。だから、歯がゆい思いを抱えつつも、窓からサンジが相手を倒す所を見ていた。同時に、ほぼ一撃で相手を倒しているサンジを感嘆の思いで見つめていた。場所を移動しないでメインマスト周辺で戦っているのは自分を守る為なのだと思うと、本人には言わないけれど、不謹慎だと思うけれど嬉しく思っていた。
「ロビンちゃん!」
 突然サンジが上を見上げてロビンに呼びかけた。それでロビンは見張り台から攻撃を仕掛けているのだとナミは思い至った。的になるようなその場所にいる事に疑問に思ったが、彼女の能力ならば大丈夫なのだろうとナミは思った。
「大丈夫よ!」
 それに答えるかのように彼女の落ち着いた声が降ってきて、ナミはホッと安堵の息を吐き出した。しかし、次の瞬間ナミはドアから飛び出していた。そして素早く天候棒を組み立てると、大上段に構えて降り下ろした。渾身の一撃を、無防備だった後頭部に受けて海賊の一人はそのまま前のめりに倒れた。降り下ろした格好を解いて顔を上げたナミは、呆然としているサンジと目が合った。サンジはナミを見て、次に倒れた海賊を見下ろして状況を把握すると、再びナミを見た。
「……ナミさん」
 困ったような表情を浮かべているサンジに、ナミは肩を竦めた。
「ロビンに気をとられていて、こいつが飛びかかっていたの、気づいてなかったでしょ? だから思わず飛び出してしまったの」
「……ありがとう」
 気づいてなかったのは本当だが、襲ってきたとしても即座に反応できていたのでサンジは少し複雑だった。しかしナミが思わず飛び出して自分を守ってくれた事に感謝した。
「ん〜……でも、やっぱり状況は悪くなっちゃったかもね」
 暢気に会話していたら、海賊たちに囲まれていた。しかも値踏みするように自分を見ていたのでナミは憮然とした。マストを背後に自分を守るように立ったサンジの、その広い背中をナミは見上げた。
「大丈夫。俺が守るから」
 そうは言うものの、この状況が不利なのは間違いなかった。いまさら部屋に戻っても、誰かに追い詰められて望まぬ展開になってしまうのは目に見えて明らかだ。自分以上に彼は耐える事などできないだろう。だから一緒にいた方がいいと、いや、一緒にいたいと思いナミはサンジの腕を掴んだ。そして少し振り向いたサンジに、ナミは十字の形にした天候棒を見せた。
「サンジ君は私を守りながら戦って。私も少しは頑張るから!」
 強い眼差しでまっすぐ見つめて言った後、ナミはニッと笑った。一人でも大丈夫なんて強がりを言わず、素直に自分を頼ってくれるナミに、サンジはこんな状況なのに頬が緩みそうになった。自分にしか向けられない気持ちと言葉と態度。サンジは無言で頷いた。
「おいおい。こいつら状況判って言ってんのかぁ?」
「悪あがきに違ぇねぇさ」
「上の女といい、上玉じゃねぇか。こりゃあ、楽しめそうだ!」
「まぁたこいつの悪い癖が始まったぜ」
 下卑た笑いと共に聞こえてきた言葉にサンジは海賊たちに視線を戻した。ナミは不愉快さを隠しもせずに彼らを睨みつけていた。
「へぇ〜こいつナイト気取ってるようだぜ?」
「まぁ、絵になってるわな」
「アホか! 褒めてどうするよ!」
「つうか、こいつらデキてんのか? だったらこいつからこの女奪ったらどんな風になるのか面白そうだなぁ」
 ニヤニヤと笑いながら好き放題に話している連中にサンジはフッと笑った。
「まったく下品極まりない。どっかで聞いた事のあるような台詞ばかりだな」
「何だと!?」
「反応も同じだぜ……。バカか手前ェらは。気取ってるんじゃなくて、俺はナイトなんだよ!」
「ぁあ!?」
「俺から奪うだと? できねェ事は言わない方がいいぜ? 恥かくだけだからな。それに……」
「それに、私で楽しむですって? 分相応って言葉を知ってる?」
 サンジの言葉を遮って、ナミがサンジの背後からその横に立って不敵に笑った。虚をつかれたが、強気な瞳に全幅の信頼をその奥に見てサンジはニッと笑って応えた。そして二人は無言で背中合わせに構えた。
 サンジの言葉よりも、ナミの言葉に反応して彼らは襲い掛かってきた。
「うわわわ……」
 船尾で敵海賊船に砲撃していたウソップは、全弾命中させた事に感動して彼を褒めそやすチョッパーに調子よく喋っていた。4隻の内の2隻はルフィとゾロが片を付けてくれると思い、残りの2隻に多めに打ち込んでいた。ロビンが見張り台にいて敵船の方へと身体を向けていたので、恐らく2隻の内の1隻に攻撃していたのだろう。彼女に狙われたと思われるその船の動きは鈍く、ウソップの砲撃もあって沈没寸前に追い詰められていた。こちらも幾数もの砲撃を仕掛けられたが、チョッパーの活躍もあって着弾は少なかった。
 しかし、それでも敵の侵入を許してしまった。幸い船尾には少数しか来てないので、二人で……正確に言えば殆どチョッパーの力によるものだったが何とか凌いでいた。ロビンは完全に船を沈めてしまうつもりなのだろう。こちらへの援護は一切なかった。
 落ち着いたと思ったウソップは、前の状況が気になってそっと覗いてみた。そしてサンジと、いつのまにか部屋から出てきていたナミを、残りの海賊たちが取り囲んでいるのを目撃してしまった。
「ウ、ウソップ! 助けに行かないと!」
「え? あ……あ〜そうだよなぁ。やっぱり行かないとダメだろうなぁ。でもさ、サンジに任せてれば大丈夫だと思うしなァ」
「俺はロビンの所に行くぞ! 何かあったみたいだし!」
「えっ!? ロビンが!? それは大変だ! よし! 俺もロビンの所に行くぞ!」
「……え? 何でウソップも?」
「俺には俺のやり方があるからな!」
 驚くチョッパーを残してウソップは移動した。
 メインマストの前ではサンジの対集団用の蹴り技は難しいようだった。一人ずつ確実に仕留めてはいるものの、その数は減っているようには見えなかった。その背後ではナミがその知識を活かして天候棒で攻撃していた。
 ウソップは素早く上に昇るとパチンコを構えた。少し遅れて昇ってきたチョッパーは、銃で撃たれたロビンの腕を診ていた。しかし、どうやら銃弾が打ち込まれた様子はなく、チョッパーはひとまずホッとしていた。
「ロビン、大丈夫なのか?」
「ええ。少しかすってしまっただけだから」
「よかった。でも診るからな!」
「ええ、ありがとう」
 下を見下ろすと、ちょうどナミのサイクロン=テンポで敵が一人船から吹っ飛ばされていたところだった。それを見てサンジがナミを賞賛していた。そんな事してる場合じゃないだろうとウソップが心の中で突っ込みを入れてると、案の定、背後から襲い掛かる海賊がいた。危ないと思ってたら、サンジはその敵を後ろ蹴りしていた。
 帰ってきた天候棒をクルクルと回して、ナミは何か技をしかけようとしていた。初めて天候棒が活躍してるのを目の当たりにしたウソップは、自分が考えていた用法と違う使われ方をしているので、こんな使い方もあったのかと感激していた。そしてナミが何かを仕掛ける間、サンジは彼女の傍に誰も近づかないように軽快に敵を蹴り飛ばしていた。
 パチンコの構えを解かずに暫く見ていると、下の方に雲が発生していた。打ち合わせなどしてる時間などないというのに、サンジは敵を船の外へと蹴り出しながら、残りの海賊たちをその雲の下へと誘導しているように見えた。そして少し離れた位置でナミはクルクルと2本の棒を振っていた。大量の気泡は発生した雲をどんどん膨張させて……ウソップが現状も忘れて見入っていると、最後に別種の気泡が成長した雲へ向かっていった。光が閃いたその後で、バリバリと激しい衝撃音が轟いた。呆然としたウソップは、雲が晴れて下の状況が露になった時、黒焦げになった複数の海賊たちの哀れな姿を目にした。そして甲板を目にして叫び声を上げた。
「ぎゃあああ!!」
「うわっ!? 何だよウソップ、でけェ声出さないでくれよ。ビックリするじゃないかっ!」
 ロビンの腕に包帯を巻いていたチョッパーは、間近で発せられた声に飛び上がって驚いていた。ロビンはというと、同じように目を少し見開いて驚いているようだった。
 非難の声を受けたウソップは、無言で立ち上がって見張り台から下へ降りていった。
「ナミさん! 今のすげーよ!」
「ふふん。ウソップの発明品もなかなか使えるのよ?」
「へぇ〜」
「サンジ君が頑張ってくれたから、特大のサンダーボルト=テンポができたわ。ありがと!」
「いやぁ〜。ナミさんを守れるのは俺だけだしな! 当然の事をしただけだし! お礼だなんてそんなそんな」
「あらそう?」
「あ、でも……お礼ならここにしてくれっと嬉しいかなぁ」
「コホン!」
「え〜? 今いらないとか言ってなかった?」
「ええ!? 言ってねぇよ〜」
「コホンコホン!」
「何よ!」
「何だよ、うるせーな!」
 戦闘が一段落したので、二人は黒焦げになった彼らを後片付けと言わんばかりに容赦なく海へ落としてた。それが終わるとサンジは初めて見たナミの戦う姿を賞賛し、その技に心酔したかのごとく賛辞を述べていた。所構わずいちゃつきだした二人に、ワザとらしい咳払いをして存在をアピールしてきた人間がいたので、二人は剣呑な視線をその人物に向けた。
「ナミ! お前ェいったいどうしてくれんだよ!?」
「何がよ?」
「船まで黒くなっちまったじゃねェか!」
 指摘されて初めて足元を見下ろすと、確かに黒ずんでいたのでナミは内心焦った。だから素直に謝罪した。
「あ……ゴメンゴメン」
「くうう! こんな海の真ん中でどうすりゃいいんだよ!」
 しかし、クルーの中で一番この船を想っている彼には謝罪の言葉などあまり意味がなかったかのようだった。
「だから、ゴメンって言ってるじゃない!」
「ナミさんがこんなに謝ってるんだからさ、責めるなよ。今回の場合、仕方がなかったじゃないか」
「そんな事は解ってる。解ってるんだけどよ〜」
 サンジとナミは困ったように顔を見合わせた。すると遅れてロビンとチョッパーも降りてきた。包帯を巻かれた腕を見て、ナミはやはりあの時彼女は攻撃されていたのだと思った。
「ロビン! 腕、大丈夫なの?」
「ええ、かすっただけよ。ありがとう。それはそうと、長鼻君はどうしたの?」
「あ〜。私の技で甲板が焦げてしまったので、それで……」
「また直せばいいじゃねェか」
「そうやってお前らはメリーを傷だらけにしていくんだよなぁ。いや、終わった事を言うなってのは解ってるからもう言わないでくれよ?」
 ふうとため息をついてウソップは立ち上がった。
「それはそうと、ルフィとゾロはまだ帰って来ねェのか?」
「あら、そう言えば」
「骨のある奴でもいたんじゃねェか?」
「熊みてェな奴もいたしなっ!」
「じゃ、まぁ俺は夕食を作ってるとするよ」
「あ、私もキッチンに行くわ!」
 サンジとナミが二人仲良く階段を登って行くのを白けた目で見ながらウソップはもう一度ため息をついた。
「ウソップ危ない!!」
「へっ?」
 チョッパーがその危機を知らせたが、振り返った時には彼はその場に留まる事はできなくなっていた。叫ぶ間もなく二人の突撃を受け止める羽目となっていたからだった。
「いやぁ、危ねェ危ねェ」
「危ねェじゃねェだろ! まったくお前はいつもいきなり過ぎんだよ!」
「はっはっはっ!」
「お、お前ェら……頼むから早くどいてくれ〜」
「ん?」
「おおウソップ悪ィな」
「うえ……死ぬかと思った……」
「ルフィ! ゾロ! 血まみれなのに何でそんなに元気なんだ!?」
「あ? これは怪我じゃねェよ。まぁ返り血だ。だから心配すんな」
「そーいう事! あー腹減ったァ!」
「何だ、残りも片付いてたのか」
 首をコキコキ鳴らしながらゾロは大きく欠伸を1つして、食事ができたら呼んでくれと言うとすぐに眠り始めた。ルフィはさっきサンジが夕食の仕度に入ったばかりだと聞くと、夕食ができるまで待てないと不満を述べて、ウソップとチョッパーが止める間もなくキッチンに飛び込んでいった。
「こんのクソゴム! 邪魔するなら夕飯は抜きにすんぞ!」
 二人が呆然としていたら、鬼のような形相をしたコックが乱暴にドアを開けて船長の首根っこを掴み、口元をモグモグさせてまるで猫のように身体を丸めている彼を蹴り上げた。
 弧を描いて落下する彼を見届けた後、ウソップは肩を竦めてやれやれと呟いた。果たしてどちらの邪魔なのかは判らないが、ウソップはう〜んと伸びをして今日は久しぶりに大変な一日だったなぁと夕日が沈む水平線を見つめた。
─END─
【後書き】
 携帯サイト66666番のキリリクは「アクションものサンナミ。勢いのあるもの。戦闘シーン」という3つのキーワードで伝えられました。
 小説でアクションというのって、どう書けばいいのだろうと悩みはしたものの、出だしは順調でした。ええ、出だしは……。途中まで書いて、戦闘シーンを書こうとしてキーを打つ手が止まってしまい、しばらく放置してました(汗)
 難しかったです。全てクリアできたと自信を持って言えないのが残念です。やはり書き始めたら書き終えるまで止めてはダメだと痛感しました。
 自分では状況説明部分を削ったつもりなのですが、読み返すとメインの筈の戦闘シーンが短いので、総体として本当に削ったのか?と疑われるような作品ですね(汗)
 あと、ナミの性格がちょっと違うかなァとも思いました。しかし、もう書き直す気力がないのでこのままアップしました……。
 サンジがナミを倉庫まで連れていく場面は放置する前に書いていたのですけど、書くのを再開して読み返した時にはたと思いました。何だか普通にラブラブだなぁと。読み返すまでもなく、最近の私の話って恋人設定ばかりだなぁと。まぁ、これはWJ上でもサンナミだらけだったかもしれないのと、逆に全く無かったからかもしれませんが。……って、どっちに転んでも変わらないのか(笑)
 そういう設定が続いてるので、片想い設定の話も書いてみたいと思い始めるのですよ。そう言いつつ、私の最近の妄想はいつかの日記に書いた通りピンクモードだったりします。……つまり、ここにはアップできない話(笑)
 今回のタイトルは直球です(笑)
 毎度の事ながら、今回もタイトルは最後まで何も浮かびませんでした。こればかりは本当に一番難しい作業ですね〜。
2004/12/19 21:36脱稿
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at 21:36, 真神恵, 望月の謳(読本)

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小悪魔の戯れ

 あ、いい匂い。
 もうすぐおやつの時間だから、キッチンからは美味しそうな匂いが漂ってくる。ふと船首の方を見ると、風が前から来る事もあって、この匂いに気づいたのはどうやら私だけみたい。だって、鼻が利くチョッパーやルフィは船首で遊んでいるのだもの。
 おやつの時間には少し早いけど、作ってる姿を見るのも結構面白いから行ってみようかなと思ってね。……でも、私が中に入ると、またあのうるさいのが始まるんだろうな。何かずっとそれだとうんざりするのよね。普通に喋る事もできるのにさ。好きだと連呼されてもリップサービスなのは見え見えだしね。何を言っても返ってくる言葉は同じだから、もう何も言わないけれど。
「ナミさん!」
 ほらやっぱり。ドアを開けたのが私だと知るや、目がハートだわ。……いったいどうすればあんな目になるのかしら?
「おやつ、もう少しでできるからね! あ! もしかして、俺に会いに来てくれたの!?」
 私が呆れた目で見てるのに、気にしないで1人で勝手に盛り上がってるわ……。
「まだ作業の途中なんでしょ?」
「あと少しで終わるよ〜」
 歌うようにそう言って、くるりとターンすると、うるさかった口が固く閉じられた。そんな真剣な表情で私の事、見た事ないわよね?
 はっ! ち、違うわよ! 料理してる姿がいつもと違うから珍しくて見てるだけなんだから!
「ん〜?」
 自分の思った事に対して1人でワタワタしてると、何だか納得がいかないという感じのサンジ君の声がした。指にソースを付けて味見してたみたい。……この匂い。もしかしなくてもアレよね。
 そう気づいた私は自然と彼の方へ足を運んでいた。
「ん〜」
 唸りながら彼はもう一度、指にソースを付けていた。ちょっと……本当にちょっとよ? 無視された気がして悪戯しちゃえって思いついて、私は彼に近づいた。するとサンジ君、気づいて再び私を見た。
「ナミさん」
「何?」
「みかんソース作ってるんだけど、味見してみる?」
「ん」
「じゃ、ちょっと待ってて」
 そう言うと、彼は取り皿を取ろうと少し移動した。だけど、その前に私は動いていた。
「サンジ君」
「え?」
 ぱくっ。
「えっ!?」
 キョトンとして振り向いた拍子に、私は彼の人さし指を咥えた。そしてチラッと彼の顔を上目遣いに見た。
「ナ、ナ、ナ、ナミさん!?」
 ……面白い。驚いて身体を硬直させた次の瞬間、彼は顔を真っ赤にして口をパクパクさせながら私の名前を素頓狂な声で呼んだ。
「ん?」
 ジーッと見つめていると、フッと目をそらした。いつもの余裕はないみたい。だって、耳まで真っ赤になってるんだもの。
 ……面白い。それと、甘くて美味しい。もっと味わいたくて私は舌を使ってペロペロ舐め始めた。
「んん」
「ちょっ……!」
「あっ」
 するとサンジ君、慌てて指を引き戻した。そして左手でその指を覆って、まだ赤い顔をしながら信じられないといった表情で私を見つめた。
「ナ、ナミさん!?」
「ん?」
「えっと……」
「何?」
 そんな挙動不審な彼を見るのは初めてだったので、私はおかしくて笑いを含んだ声で彼に聞いた。すると彼は赤い顔のままポケッとして私を見ていた。
 何か、可愛いかも。
「な、何で……」
「取り皿に盛らなくても、指で掬ったばかりだったから勿体無いでしょ?」
「で、でもさ……」
「美味しかったわよ?」
「え!?」
「みかんソースが」
「あ! そ、そうだよな!」
 私の答えに彼は焦ってそう答えると、今度は取り繕うように笑いだした。何だと思ったのかしら? 変な反応するのね。いつもならハートを飛ばして何か言ってくるのに、今の彼は本当に余裕がないみたい。
 そんないつもと違う彼の姿を見る事が出来て嬉しいと思うのは……はっ! だから違うってば! サンジ君のあれもこれも女の子に対するサービスに違いないんだから! これだって、さっき私が呆れた目で見てたからきっと趣向を変えたに違いないわ。
 何とか自分を納得させると、私はまだ顔を赤くして鼻をポリポリ掻いてる彼を無視して席に座った。
「ソース、私はそれでも充分美味しいけど、サンジ君は納得いかないの?」
「あ、いや、そんな事はないよ。もう少ししたら完成かなって思ってたんだ」
「ふ〜ん」
 適当に相槌を打ってたら、彼は出来上がったケーキを手際よく飾りつけ、最後にみかんソースで仕上げにかかっていた。それが終わると飲み物を作り、ケーキを人数分に切り分けていた。本当にあっと言う間だった。それは見ていてとても楽しい。
「さてと」
「完成?」
「え? あ、うん」
 ちょっと何その反応は?
 思わずムッとしていたら、それに素早く気づいて彼は謝罪してきた。
「何? 何で謝るわけ? 私は別に何も言ってないでしょ?」
「準備ができるまで無視されたのが嫌だったんでしょ?」
「……は?」
「え?」
「バッカじゃないの? 早く皆の所にそれを持って行ったら?」
「あ……うん」
 私に追い立てられるように出ていった彼は首を傾げていた。何を考えていたのかしらね? どうでもいいかと思って机の上を見ると、二人分のおやつが残されていた。私とこれは……ロビンの分、よね? 彼女が来るまで待っていようと思っていたら、サンジ君が戻ってきた。しかもドアをそっと閉めていた。
「サンジ君、ロビンは?」
「ロビンちゃんなら皆といるよ?」
「え? じゃあこれは?」
「ナミさんと俺の分」
「……そうなの?」
「一緒に食べていい……よね?」
「別に? 断らなくてもいいんじゃない?」
 素っ気無く言ってやったのに、彼は嬉しそうに私の隣に少し離れて座った。黙ってるのも何なので、私は今日のおやつの感想を言って会話を始めようと思った。
「今日のも美味しいわね」
「だろ? しかも今日はナミさんのみかんを使わせてもらったわけだし」
「そうね、本当に美味しい……」
 しまった……会話が続かない。
「ねぇ、ナミさん?」
 サンジ君が無口だったのでどうしようと思ってたけどいらない心配だったみたい。何かね、いつもの必要以上に騒がしいのに慣れてるから、二人きりの時に静かになられると困るのよね。
「何?」
 顔を見ないで美味しくケーキを食べながら彼の次の言葉を待っていた。
「さっきの、俺、期待してもいいの?」
「期待ィ〜?」
 変な事を言うなと思って、彼の顔を見たんだけど……驚いてしまった。何だかとても真剣な表情をしていたから。期待? 期待って……? すると彼は右手の人さし指を眼前に持ってきた。
「!」
「俺、今もヤバいんだ」
「そ、そう?」
「ナミさんに指を舐められて、俺、どうしたらいいかわからなくて……」
「どうしたらって……」
「俺はナミさんが好きだから、そういう事されると……」
「!」
 ちょっと待てーー! 顔をそんなに近付けるなぁ!!
 フッと身体を後ろに引いた私に、サンジ君は「え?」という顔をした。
「ナミさん?」
「いきなり顔を近付けるなっての!」
「でもさ……」
「でも、何よ?」
「何でそんなに顔を真っ赤にしてるの?」
「それはサンジ君もでしょ!?」
「え……?」
「普段と違う事されるの、困るのよ!」
「そう言われても……俺のこの気持ちをどうしてくれるんだよ?」
「どんな気持ちよ!?」
「うん、ナミさんが好きで好きで触りたくて仕方がないって気持ち!」
「バッ……! だから……!」
 そう言うと彼は私にのしかかってきた。慌てて抗議するけど、そのまま抱きすくめられてしまっていた。
「ダメ。もう止まらねェ」
「離れなさいっての!」
「ん? でも、そう言いながら全然力入ってないけど?」
「それはあんたが……!」
 あんたが抱き締めるから抵抗できないんでしょ!? という台詞は言えなかった……。だって、唇を塞がれていたから。ビックリしてると彼の舌が入ってきて、抵抗も空しく翻弄されてしまっていた。抵抗しようとしていた名残りとして、足を踏ん張って彼の胸に手を当てていたのだけど、それでかろうじて体勢を支えていた私は力を失ってバランスを崩した。そして背中から腰掛けに倒れそうになった。でも、そうならなかったのは彼が私の背中に回していた腕に力を込めたから。
「ふっ……」
 ようやく解放してくれた時には、微妙に宙に浮いた状態で彼にしがみついてる格好だった。ええと……どうしてこんな事に? 混乱気味の私をそっと離して、彼は上から真剣な顔で見つめてきた。
「ナミさん。やっぱ俺、ナミさんが好きだ」
 そして子どもみたいな笑顔で言われて、私は今度こそ顔が赤くなっていくのを自覚した。
「変なの」
「え?」
「ただ、ちょっと指を咥えただけじゃない。なぁんで私がこんな事されなくちゃいけないわけ?」
「だからそれは……」
「あんた、私の気持ちを完全に無視してたでしょ!?」
「そんな事は……」
「おやつは美味しかったけど、キスなんていらないから。どいてよ!」
 少し強く言うと、まだ何か言いたそうな顔をしてたけど、彼はあっさりと引いた。何だ、つまらないの。さっきみたいに強引な所をみせればいいのに。そんな事を思ってたら、立ち上がろうとしてる私に、彼は手を差し伸べた。
「ナミさんはさ、今好きな奴っているの?」
 その手を借りて立ち上がった私は、ジッと彼の顔を見た。
「あ、いや、答えたくないならいいだけどさ」
 すると慌てたように質問を取り消そうとする彼。
「あんたってさ、どうしてそこで引くわけ? 本当は聞きたくて堪らないんでしょ?」
「う……そうだけどさ。ナミさんが嫌だって思う事はしたくないんだよ」
「……ふ〜ん。それが私の為だって思ってるわけね?」
「……違う?」
「時と場合によるわ。私さ、あんたの事がよくわからないのよね」
「えっ!? 俺はナミさんが好きで好きで……」
「あ〜はいはい。そうじゃなくてさ、さっきみたいに強引に来たかと思えばそうやって引いてしまうでしょ? いつも茶化してるのに、二人きりになると雰囲気変わっちゃうし」
 指を胸に指しながら詰め寄っていくと、何ともバツの悪そうな表情に変化していった。
「何で?」
「……ナミさんはこういうの、苦手なんだ?」
「聞いてるのは私なんだけど!」
「うん……何と言うかその……恋する男は複雑なんですー」
「はぁ?」
「わかんねェかな?」
「わからないわね」
「う〜ん……」
 そう言って彼は弱ったなァと呟きつつ頭をポリポリ掻いていた。しかし何かを思いついたのか、彼は「よし!」と一声気合いを入れると私をまっすぐ見つめた。
 ……何か、そういう風に見つめられるのは嫌かも。そう思って目をそらそうとすると、顎を掴まれた。これってヤバい?
「俺と一緒にそれが何なのか知っていこうと思わない?」
「?」
「てか、俺はナミさんに知ってほしいな」
「何でよ?」
「だって、ナミさんは自覚してないけど、俺の事好きになってると思うよ?」
「はぁ!? それはあんたの願望でしょ!?」
「うん……まぁそれもあるけどさ、ナミさんの最近の行動見てたら期待せずにはいられねェんだよなぁ」
「勝手に自惚れてれば?」
「根拠もなく言ってるわけじゃないんだぜ?」
「その根拠って何よ?」
「好きでもない男の指咥えてあんな風に見上げたり、舌を使ってその気にさせたり……」 「だ、誰がその気にさせたってのよ……!」
「証拠見せたいけど、今度こそ殴られそうなんでその内見せるね」
「いらないわよ!」
「てか、最後まで聞いて?」
「……」
「何よりさっきキスしても俺、殴られなかったし!」
 う……。何も言い返せない。そんな私の困惑振りなどお構いなしに彼は言葉を綴っていた。
「本当に嫌だったら、舌とか唇とか噛んだり突き飛ばしたりして抵抗するんじゃねェの?」
「抵抗してたわよ! なのにあんたときたら離さないんだもの!」
「え? 俺、そんな力入れてなかったけど?」
「うそ……」
「ほんと。やっぱナミさん自分で解ってねェんだな」
 そう言ってにっこり笑われて、私は何も言い返せないでいた。
「それにね、極めつけが……」
「まだ何かあるっての?」
「ああ。だってさ、さっきからずうっとナミさんたら顔が真っ赤なんだぜ?」
「うそ……!」
「ほんと」
 今度はクスクス笑い始めた。何よ……さっきと別人じゃない! 悔しいわ。そう思ってたら彼はフッと再びあの真剣な目で私を見た。だから、そんな目で見ないでよ!
「ナミさんさ、思った事は口に出していいと俺は思うけど? 今、凄くヤバい顔してるから」
「えっ!?」
 ヤバい!? ヤバいって何が!?
「いや、だからさ、こんな至近距離でそんな顔されると、またキスしたくなるから……」
 私、今どんな顔してるの!? ……って……え?
 ちゅっ。
 そんな音がして、私はまた口づけられていた。間近で見る彼は目を伏せていたけど、近すぎて視線がぼやけて……る? あれ?
 グルグル考えていたらまた意識が朦朧としてきて、私は知らず彼の背中に腕を回していた。おかしいな、始めはからかうつもりで指を舐めていたのに、何でこんな事になったんだろう? でも……何かもういいって思えてきた。だって、今とても気持ちがいいんだもの。これってサンジ君が言った通りって事? 何で自分の知らない事をこいつが知ってるのよ? 悔しい。悔しいわ。でも……ああ……気持ちいいなぁ……。
 そんな事を思っていると、彼は私から唇を離してジッと見つめてきた。
「ね? 俺と一緒に色んな事知っていかない?」
「……ん」
「じゃあ、手始めに……」
「?」
「誰かがキッチンに入ってくるまでこのままキスしてみない?」
「……勝手にすれば?」
 私の口調はそんな感じだったけど、彼は優しく微笑んでいた。多分、私もそんな風に笑っているのかもね。……何だかキスで上手く丸め込まれたようだけど……まぁ、それもいいかな……。
 考えた事を覚えているのはそこまでで、後は私の頭の中は真っ白になっていた……。
─END─
【後書き】
 おかしいな。もっとサクッと書いて終わらせる筈だったのに……。二日かけて書いてしまいました〜。次の作品がまた長くなりそうなんで、書き上がる見込みがなかったんです。だからそれまでの繋ぎとして載せるつもりで書いていたのに(苦笑)
 復活したから毎週アップを目指してるとかそういうのではなくて、ネタが湧いてきたんで忘れない内に書こうとしたんです。
 最近書く話は普通に恋人同士でしたので、ちょっと違うものを書いてみました。でも、ちょっとサンジはセクハラ発言してていけませんね〜(笑) ナミはナミで流されてるし!
 久しぶりに一人称で書いてみましたが、私にはや三人称の方がやっぱり書きやすいです。でも、また書いてるでしょうけど。
 本当はこれから暫くはリクの消化に集中しようと思ったのですけど、またしても長くなりそうなので、短い話を載せる事にしました。短い……筈だったんですけど(苦笑)
 日常の一コマを書こうと思った筈が、どんどん違う方へ行ってしまったような気がします。一応小ネタのつもりです。そして、そういうのは同時にもう一つ浮かんだので、ストックにしておこうかなと考えてます。前に似たような話は書いたのですけど微妙に違うからまぁいいかなと。
 今回は先にタイトルを決めました。ですから二日で書けたんですけど。本当は一日で書き上げるつもりが、他に色々やってて予定がズレてしまいました(汗)
 始めは「小悪魔の悪戯」でしたけど、悪戯という文字は一度使ってるので「戯れ」にしてみました。こっちの方が意味は合ってるかな?
 ナミ視点で書いてみました。
2004/10/17 16:43脱稿
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at 16:43, 真神恵, 望月の謳(読本)

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