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あげたいもの

 誰の誕生日だろうと彼らには関係ないのかもしれない。それは大手を振って宴会で騒げる口実という意味しかないのだろう。事実、甲板で麦藁海賊団のクルーはジョッキを片手に歌を歌ったり、それに合わせて踊ったり。かと思えば自慢話が始まったりと、GM号は夜も遅いというのに静かな時間とは無縁の状態だった。
 例によって例のごとく、剣士と航海士は飲み比べをしていた。そして軍配が上がるのはこの船で最強の航海士だった。船長は節を作ってオリジナルの歌を歌い、それを解らないながらも船医が合わせる。誰も聞いていないのに狙撃手は立ち上がって過去のあり得ない冒険譚を蕩々と語っていた。それを静かに考古学者は見守り、コックは給仕に追われていた。
 追加の料理を運びながら、サンジは何故自分の誕生日に皆の世話をしなければならないんだと疑問に思っていたが、美味しそうに皆が自分の作ったものを食すのを見ていたら、そんな事はどうでも良くなって、自然と笑顔になるのだった。
 一段落したところでサンジがやれやれと一服しようと煙草を咥えたそのときに、ナミが彼の隣に腰を下ろした。
「サンジ君、お疲れさま!」
「ナミさん! ああ、感激だなぁ!」
「はい。サンジ君、ずっと給仕に追われてて、まだ一度も飲んでないでしょ?」
 そう言って飲めと言わんばかりになみなみと注いだジョッキを、ニッコリ笑って手渡した。サンジは後片付けの事を考えたが、ナミの笑顔を見るとへらっと表情を緩ませて受け取りジョッキを仰いだ。
「すっご〜い! もう一杯!」
「嬉しいな〜。ナミさんに注いでもらえるなんて〜」
「え? そう? じゃあ、今晩はずっと注いであげる」
「本当?」
「うん。だから一緒に飲もうね!」
「はい! 喜んで!」
 ハートマークを飛ばして快諾したサンジに、ナミは彼に気づかれないようにクスッと笑った。
 甲板には静かに飲んでいるロビンと、まだ話し続けているウソップの二人が無事だった。残りのメンバーのうち、ルフィとチョッパーは眠りながら器用に連動して歌っていた。ゾロはと言うと、彼らの後を追うのは時間の問題だった。そしてまだ飲み足りないナミは、キッチンから出てきたサンジに狙いを定めたのである。
 飲み干すたびに歓声を上げるナミにデレデレとだらしなく鼻を伸ばしているサンジは、注がれるままに酒を飲んでいた。しかし彼女と違ってそんなに強くないのでそろそろヤバいなと思い始めた。ナミは既にでき上がってるらしく、彼のそんな様子などお構いなしにどんどん彼のジョッキを酒で満たしていた。
「ナ、ナミさんちょっと……」
「ん〜? なぁに〜?」
 少し呂律も怪しくなっているナミの顔がとても可愛くて、うっかり彼女の要求に応えそうになるがサンジはそれを堪えた。
「俺、もうそろそろ止めておかないとヤバいからさ」
「え〜?」
「ほら、俺にはまだ後片付けが待ってるし。だから……ね?」
 サンジの言葉にむ〜っと口を尖らせたナミは、駄々っ子のようにいやいやと首を振った。
「い〜や〜よ〜! もっとサンジ君と飲むんだからぁ〜!」
 甘えるような口調で言われてサンジは危うく応じそうになるが、やはりダメだと思ってジョッキを床に置いた。それを見てナミがだんだん不機嫌になっていくのでサンジは慌てた。
「俺だってもっとナミさんと飲みたいけど、やっぱそういうわけにもいかないだろ?」
「なんでよ〜? いいじゃない〜。今日はサンジ君の誕生日なんだからぁ〜」
「や〜……そうなんだけどさぁ」
 据わった目でずいっと詰め寄られ、サンジは嬉しいが困ってしまった。そしてさっきまでそんな扱いをされてなかったので苦笑していた。
「何よ〜。この私の注ぐ酒は飲めないっていうの〜!?」
 一方、いつもならホイホイ言う事を聞くのに自分の要求を拒もうとする彼に業を煮やしたナミは、彼が床に置いたジョッキに手を伸ばした。
「ナミさん!?」
 驚く彼を見てニッ笑うと、ナミは彼のジョッキに口を付けた。今さらそんな事で照れるのもおかしいと思うのだが、サンジは単純に喜んでいた。いつもながらいい飲みっぷりだなぁと見愡れていたら、意外に早くナミはジョッキから口を離した。そしてサンジに嫣然と微笑んだ。そのナミの表情に見とれていたサンジは、彼女の顔が迫ってくるのに反応が遅れてしまった。
「え!?」
 声を上げた時にはサンジの視界は彼女で一杯になって口づけされていた。
「あら……」
「……お前らなぁ。ちったぁ場所を考えろ!」
 その瞬間をしっかりと見た考古学者とそれに目が覚めてしまったらしい剣士に言葉をかけられ、いつもと立場が逆転したかのようにサンジは慌てた。そして、ナミは周りの声が聞こえないかのようにサンジにのしかかるようにキスをしていた。最初は戸惑っていたサンジも想い人の積極的な行動に、ギャラリーに見せつけるつもりで彼女の唇を堪能する事に早々と決心した。
 サンジはいつもならすぐに彼女も舌を絡めてくるのに、唇をくっつけたまま目を閉じているのを不思議に思った。こっちにリードしてもらいたいのだろうと解釈したサンジは、舌で閉ざされた彼女の唇をノックした。
 すぐに扉は開かれ、サンジの頭の中は周囲の状況などどうでも良くなっていった。そして中に侵入しようとしたら、口一杯に液体が流れ込んできた。飲み込んだかと思われた酒はそのままサンジに口移しされていた。慌てて離れようとしたが、それを見越していた彼女に抱きつかれて更にぐいっと唇を押し付けられたので離れる事ができず、ゴクンとそれらを飲み込んでしまった。それを確認したナミは彼からようやく身体を離した。
「……!」
 サンジが慌てて口を抑えて彼女を見ると、ナミは彼を下から覗き込んでニヤリと笑った。
「どう〜? 本当にもう飲めない〜? そんな事ないわよね〜? 今ちゃんと飲めたんだしィ?」
 それからナミは人さし指を軽く顎に当てて小首を傾げた。狙ってやってるとしか思えない彼女の仕種に、彼はわかっていながら我慢する事ができなかった。
「ナミさん!」
 名前を言うなりサンジはナミを抱きしめた。予測してたのか、ナミは慌てもしないで彼を見上げるとにこっと笑った。それに喜んだサンジが再びキスしようと唇を突き出したらナミに手の平を押し付けられた。
「ダ〜メ〜!」
 その言い方がサンジを更にメロリン状態にさせるのは容易に想像できて、周りで見てる面々は呆れたりおかしそうに笑ったりしていた。周囲の視線など意に介さず、サンジはナミだけを見ていた。
「サンジくん〜、私にキスしたい〜?」
「うん、したい」
「そう〜? じゃあ、もう一回ね〜」
 とびっきりの笑顔でお許しが出て、サンジは顔を緩ませてナミに顔を近づけた。するとナミは後ろを振り返って、サンジのジョッキを再度掴んで飲み始めた。それを見てサンジは顔を引きつらせた。
「……まさか?」
「んっ」
 サンジの懸念をナミは極上の笑顔で肯定して、今度は目を瞑り唇を突き出してサンジを誘った。ナミの誘惑に抗える筈もなく、サンジはまたお酒を飲む羽目になっていた。
 ただのバカップルの姿にゾロは文句を言っていたが、それに相づちをうっていたのはロビンだけだった。誰も聞いてないので話すのを諦めたウソップは、周囲を気にしないでいちゃついてる二人に目が釘付けだった。
「ん〜」
 これで許容量を完全に越えるのをわかってるナミは、それでもキスしてきた彼に機嫌を良くした。彼女は本当に周囲の事など考えてないらしく、ご褒美だとでも言うように彼の首に手を回してキスに応えていた。夢中になるあまりナミがサンジに体重を乗せると、やはり酔いが回ってしまったのであろう。彼は支えきれずに甲板に倒れ込んでしまった。
 身体を起こして馬乗りになったナミは、酔いとキスの余韻でうっすらピンクに染まった顔で極上の笑顔を見せていた。サンジは言葉もなくそれに見とれて彼女の両腕を掴んで引っ張り彼女を胸に抱きしめた。
 絶対に酒が入ってるためにこのような痴態を晒してるんだと思った面々は、バカには構わず自分たちは自分たちで楽しもうと酒を酌み交わしていた。男たちの渋面に苦笑していたロビンは、視線をふと彼らに移した。
「まぁ……」
 珍しく驚きの声をあげた彼女につられてゾロとウソップも同じ方向に視線をやった。そしてウソップは思わず口に含んだ水分を吐き出してしまった。
「ブーーッ! あ、あいつら何考えてんだよ!」
 とても正視できなくてウソップは彼らに背を向けた。
「ほっとけ! 酔っ払いにまともな奴はいねェんだからよ」
「ああ……目の毒だ……」
 呆れる彼らにロビンは相変わらずクスッと笑うだけだった。
「ふぅ。部屋に戻って寝た方がいいんじゃねェか?」
「……だな」
 時間的にももうお開きにしてもいいだろうと思い、ゾロは眠ってる連中を連れて行ってやるとするかとジョッキに残っていた最後の一滴を口に含んだ。しかし、さっきまでいびきをかいて寝ていたルフィの声がいつのまにか聞こえなくなった事に気づいて、二人が寝ていた方に視線を向けてギョッとした。
「あ、おい! ルフィ!」
「あらあら」
 後の二人も気づいたのか、ウソップは慌てて立ち上がるが目眩がして立ち眩んだ。三人を驚かせた当の本人は、フラフラと危なげな足取りで、彼らが無視を決め込んできた連中の方に向かっていた。
「ふわ〜。僕ちん幸せでしゅう〜」
 ナミと違い、へべれけになったサンジは口調まで変わってしまっていた。それがおかしくて、彼の胸に頬を乗せていたナミはケタケタ笑っていた。そして少し身体を上にずらして正面から彼の顔を見た。
「ああ〜。にゃみしゃ〜ん! もっとキスキスぅ!」
 ん〜っと唇を突き出してねだる彼にナミも躊躇なく応える。ナミの方もさっきより更にでき上がっているようだった。そうして唇を離してジッと彼の顔を再び見ていたら、恐らく感動を言葉にしていたのだろうが何やら意味不明の言葉をサンジは口から零していた。それが面白くてナミはまた笑っていた。
「ん?」
 背中に回されていた彼の腕が何やら蠢いたのでナミは敏感に反応した。そしてもう一度彼の顔を見たら今度は緩みきった表情をしていた。サンジに比べたらまだ意識がある方のナミはさすがに少し慌てた。身体を思わず離そうとしたら、さっきより強く抱き締められた。
「ちょ……!」
「むふ〜。柔らけェ胸が当たってるぅ!」
 キャーッと歓声を上げて再び目をハートマークにして、サンジはギュッギュと腕に力を込めた。
「サ、サンジ君……!」
「ん〜?」
「苦しいよ……!」
 ここで「恥ずかしい」とか「エッチ!」とか言うと調子に乗るのはわかってるので、ナミは彼のフェミニスト精神を突く作戦に出た。酔ってて理性が怪しいのだが彼女はそれに賭けてみた。すると、思った通り腕の力を緩めてくれたので彼女はホッとした。
「ゴメンねぇ〜? 気持ちいいけど、しょれだとにゃみさんの顔見れない〜〜」
 何やら自分の意向もあったらしい。ナミはまた声を出して笑い始めた。それをニコニコ見ていたサンジは、何かを思い出したかのようにキラキラと目を輝かせた。表情の変化に気づいたナミが彼を見つめたら、サンジは腰に回していた手を彼女の頬にやって、軽くチュッと口づけた。自分の思いつきにワクワクして、それを言いたくてウズウズしているようだ。しかし彼はナミに聞いてもらいたいらしい。だからナミは興味もあったので聞いてみた。
「なぁに?」
「んふふ〜。にゃみさん、もう酒注いでくれにゃいの?」
「ん〜? サンジ君まだ飲みたいの〜?」
「にょみたい!」
「じゃあ、ちょっと待っててね〜」
 そう言って今度は尤もな理由なのでサンジから離れようとしたのに、起こしかけた身体を再び戻された。
「あっ! もう〜! 飲みたいんでしょ〜?」
「うん!」
「離してくれないとジョッキを取れないでしょ〜?」
「ジョッキのはいいの〜」
「え?」
「あのね〜。ワカメ酒がにょみたい〜。にゃみさんにょませて〜」
「な……っ!」
 サンジのお願いにナミは顔を真っ赤にした。
「にょ〜み〜た〜い〜!」
「やぁ〜だ〜! サンジ君のエッチ〜!」
 バキィッと、ものすごい音がしたのは気のせいではなく、ナミがサンジに拳をふるったからである。本気で殴ったのか抑制が効かなかったのかは解らないが、殴られた方も痛覚が機能してないのかヘラヘラ笑っているだけだった。二度ほど殴ったあと足をバタバタさせてもがいているナミにサンジは再びキャーッと歓声を上げて同じように身体をジタバタさせていた。
「なぁ? ワカメ酒って何だ? 旨いのか?」
 突然上から降ってきた第三者の声に、彼らはピタッと動きを止めて声のした方に顔を向けた。すると足の間に両腕を垂らしてしゃがんでいた船長が、開ききってない目を擦って眠そうにしていた。
「ギャーッ!」
「くぉうらゴム! 邪魔すんじゃねェ〜! 出ていけ〜!」
 今まで周囲の事など頭の中になかったナミは、ルフィの声に現実に戻され状況を理解するや途端に酔いが覚めてしまった。そして今まで自分がしていた事を思い出した彼女は頭を抱えて叫んでいた。サンジの方はさっきの甘い空気が霧散したのを感じた途端に気分を害し、追い払うように手を振った。
「出てけって言われてもよ〜。ここ甲板じゃん。なぁ。ワカメ酒って旨いのか? ワカメ取ってくればいいのか?」
「へへ〜んだ! お前ェなんかにょませるもんか!」
「バッ、バカ! そんな事聞いてんじゃないわよ!」
 混乱から少し立ち直ったナミは、サンジの力が緩くなったのを逃さずすぐに身体を離して立ち上がった。そして腰に手を当ててルフィを見下ろして叱りつけた。
「あう〜。にゃみさぁ〜ん」
 彼女が離れるなり悲しそうな声で彼女の名をサンジは呼び続けていた。
「所構わずお前ェらがいちゃつくからだろ」
 呆れたのを隠しもしない声音で話しかけられ、ナミは再びうとうとしだしたルフィを脇に抱えた剣士を見上げた。そしてそのまま視線をゾロの背後にやる。
「……あ、あんたたち、ずっとそこに?」
「だって、今夜はコックさんの誕生祝いの宴でしょう?」
 肩を竦めて答えたロビンにナミは口をパクパクさせた。
「やっと正気に戻ったのかよ。飲んで周囲に構わずいちゃつきやがってよぉ。これだから酔っ払いは始末に終えねェ」
 ふう〜っとわざとらしくため息を吐いてウソップは片手を額に当ててやれやれと首を左右に振っていた。
 思い出せる限りの自分たちの行いを振り返って顔を真っ赤にさせたナミに、サンジはその脚に抱きついて頬を擦り寄せていた。一部始終を見られていても、酔っ払っているサンジには関係がないらしい。いや、酔っ払ってなくても普段からこうしたいなどと思ってるんだろうと傍観していた側は思っていた。
「ええ〜い! ウザい!」
 ゾクゾク感じてしまったナミはサンジの頭を拳で殴りつけてしまった。ハート形の瘤を作ったまま、サンジは意識を手放した。
 再び混乱中の彼女に構わずゾロは大きな欠伸を一つすると、幸せそうに眠るチョッパーを肩に乗せて何も言わずに部屋に戻っていった。
「……」
 後に残った三人は無言で見つめ合った。
「や、やぁね〜。今日はサンジ君の誕生日でしょ? だからお酒をたくさん飲ませてあげてただけじゃない!」
「そうねぇ……。貴女に注がれたお酒は彼には極上の味がしてたでしょうね。ワカメ酒、してあげるの?」
 悪戯っぽい顔で問いかけたロビンの言葉にナミは「うっ」と詰まってしまった。
「あ、あんなの酔っ払いのたわ言よ!」
「あら、そうかしら?」
「だよなぁ。理性失ってるんだからあれが本音だろ? いやいや、さすがエロコックだぜ!」
 腕を組んで感心してるウソップに、ナミは怒気を含んでまくしたてた。
「たわ言だって言ってるでしょ!? お酒をたくさん飲ませて眠らせようとしてたのよ!」
「で? 眠ったコックに何かしようとしてたのか? さすがエロコックの彼女だぜ!」
 キャッ恥ずかしいと口を手で覆ってからかうウソップに、ロビンはそろそろ部屋に戻った方がいいわねと思った。
「それじゃあ、私は一足先に眠らせてもらうわね」
 断わりの挨拶もナミには聞こえてなかったらしい。肩を竦めてロビンは倉庫の扉を開けた。
「……あんた、人の話は最後まで聞きましょうって教わらなかった?」
「はいはい。で? 酔わせてナニするつもりだったんだ?」
「!」
 普段散々に言われているからか、彼はこれ幸いに攻めたいらしい。その意図を感じてナミは息を吐き出すと気を落ち着けようとした。いつもなら鼻を掴んだり問答無用に鉄拳が飛んだりするのだが、ナミの様子にウソップはよほど恥ずかしいんだろうな、まぁ、当然だよな〜と一人で納得していた。だから彼女が何を言い出すのかワクワクして待っていた。
「……今日ってサンジ君の誕生日だけど、やっぱり料理作るのはサンジ君以外には任せられないでしょ? でも、後片付けくらいはやってあげてもいいんじゃないかなって思ったの」
 まともな意見だったのでウソップはおやと思い頷いていた。それに気を良くしてナミは続けた。
「でも、正直に言うと絶対に自分でするって言うでしょ?」
「確かにな。特にお前やロビンが言ったら絶対にさせないだろうな」
「そうなのよ! サンジ君ってお酒に弱いじゃない? で、私が注ぐ酒を拒む事はないって思って」
「なるほどな」
「だから飲ませて眠らせればうるさく言って来ないでしょ? だから飲ませたのよ」
「そんな思惑があったとはなぁ。全然わからなかったぜ。俺はてっきり誕生日祝いにいちゃいちゃさせてやってたのかと……あわわ」
 言ってる最中にナミが剣呑な顔つきになっていったので、ウソップは慌てて口を手で塞いだ。ウソップが口を覆った途端にナミはニッコリ笑ったので、ウソップもつられてニッコリ笑った。
「じゃ、そういう事で後片付けはよろしくね!」
「おう、サンジの誕生日くらいはそれもいいよな……って俺かよ!?」
「他に誰がいるって言うのよ? 予定通りサンジ君は眠ってくれたんだし」
「いや、お前が眠らせたんだろ」
 お酒というよりナミの最後の拳でサンジが眠った……というより気絶したのは明らかだった。
「そうとも言うけど……だから、ね?」
「ね? って待て待て待て!」
 そのまま部屋に戻ろうとしたナミをウソップは引き止めた。
「何よ? あんただって賛成してくれたじゃない」
「したけどよ。それはお前がしてあげたいって思ったんだろ?」
「思ったけど、私がするなんてひとっ言も言ってないわよ?」
 笑顔で言うナミにウソップは彼女の発言を思い出していた。確かに自分がするとは一言も言ってなかったのでたらりと汗をかく。
「で、でもよ。この場合皆でするのが筋じゃねぇか?」
「あのねぇ! ルフィにさせたら物を壊すのは目に見えてるでしょう? ずうっと前にバラティエにいた時にコックさんたちが怒鳴ってたじゃない」
「いや、まぁルフィはしゃあねえか」
「ゾロだって似たようなもんでしょ?」
「う〜ん。いや、案外まともにやってそうだがなぁ……」
「力仕事以外であいつの使い道あるの?」
「チョッパーとロビンはどうなんだよ?」
「チョッパーは可愛いからいいのよ。ロビンと私は……そうね、手が荒れるじゃない。そんな事になったらサンジ君が暴れるわよ〜? それに眠いしね。で、消去法でいったらあんたしかいないわけ。わかった?」
「そうか〜。それじゃあ仕方がねェよなぁ……って誰が言うかよ! 何だよその勝手な言い分は!」
 往生際の悪い狙撃手は、振り返った航海士の視線にビビッた。しかし、ここで引けば終わりだと思って堪えた。引かない構えを感じ取ったナミは、悪魔の微笑みを彼に向けた。
「バカね〜。あんたが一生懸命やって、使う前よりもピッカピカにしていたらサンジ君は大喜びしてあんたの事を私の次に大事にするんじゃない?」
「……」
 何気に要求が増えている気がするが、ウソップは何も言わなかった。反応がないからナミは思いつく限りの観測を述べる事にした。
「きのこ類を食べさそうなんてしなくなるかもよ?」
「! そうか?」
「あんたが死ぬほど嫌いなのは知ってるからね。ほら、サンジ君って私やロビンの嫌がる事なんて絶対にしないでしょ?」
「確かにそうかもな!」
「それに、私も感謝するわよ? サンジ君のために頑張ってくれるんだもん。皆だってあんたがしてくれたって知ったら見直すと思うわよ? 私があんたがしたって言うし」
「え? そ、そうか?」
 なかなか勘の鋭い狙撃手だが、おだてにはとことん弱い。早くも持ち上げる言葉を言えば、思った通りの反応が返ってきてナミは内心ほくそ笑んだ。しかし言質を取るまでは気づかれてはならないので、最後の仕上げに入る事にした。
「チョッパーなんてゾロを見るのと同じ目であんたを尊敬の目で見るでしょうね。ルフィだって参ったって言うかもね」
「そうかなぁ」
 その様子を思い浮かべて彼は頭をかいて照れていた。心の中でナミは高笑いを上げていた。
「私やロビンやサンジ君は絶対に言うと思うわ。キャプテン・ウソップって!」
「おおっ! そうか?」
「もちろんよ。キャプテン?」
「ようし! このキャプテ〜ン・ウソップに万事任せてくれたまえ!」
「じゃ、よろしくね!」
「おう!」
 ウソップの返事を確認して、ナミは欠伸をしながら部屋に戻った。
「ようし! あいつらを驚かせてみせるぞ!」
 ドアを閉める間際に聞こえたウソップの気合いの声に、ナミは頑張ってねと心の中で呟いていた。

─END─

―おまけ―

「ぶえっくしょん!」
 盛大にくしゃみを上げたサンジはぼんやりとした表情のまま身体を起こした。かけられていた毛布にくるまって再び眠ろうとしてハッと目を見開いた。周囲を見渡すとそこは甲板で、自分の他には誰もいなかった。
「ううっ!」
 ものすごい頭痛に頭を抱えながらサンジは昨夜の事を思い出そうとしていた。確か後片づけをしようと甲板に出たらナミが来て、彼女の勧めるままにジョッキを仰いでいたら……と、そこから記憶がないのに慌てた。他に覚えているのはナミが可愛かった事。
 それ以上は何も思い出せないし、何より頭がガンガンと痛いので、サンジは記憶を手繰り寄せるのを止めた。ため息をついて後片づけを始めようとしてそこが綺麗になってるのに初めて気づく。
「……?」
 目を瞬かせてもう一度見るとやはり綺麗に片付けられている。誰がやったんだろうと首を傾げながらサンジはキッチンに向かった。
 中に入ると疑問は解けた。テーブルに突っ伏してウソップが寝息を立てていたからだ。確認していったら手を抜かずにきっちりこなしてくれたらしい。サンジは疲れて眠りこける狙撃手に微笑んだ。
 今朝は簡単なものですますかと考えて準備を始めたが、それらの音で彼が目を覚ます事はなかった。よっぽど疲れたんだろうと思ったサンジは、今夜の夕食はウソップの好物にしてやろうと思った。
「おはよう、サンジ君」
 すると扉が開かれ、早起きの航海士が機嫌よく入ってきた。その声で彼の頭痛はどこかへ飛んでしまったかのようだった。
「おはようナミさん! あぁっ! 今日も一段とお美しい!」
「ありがと」
 ニッコリ笑ってサンジに答えたナミは、自分以外の訪問者の存在に気づいた。そうして朝の二人きりの時間を邪魔されたように感じてちょっとむくれた。その心の動きを読んだらしいサンジは締まりのない顔をして彼女に近づいて腰に手をやり引き寄せた。
「んっ、やっ! ウソップが起きるでしょ!?」
「え〜? だってこんなに可愛いナミさんを見て、放っておけねェよ」
 彼が起きないように囁き声で交わすやりとりは、それだけで何やら二人を妙な気分にさせていた。尚ももがく彼女に、サンジは躊躇いもなく口づけた。
「黙って」
 呆気にとられたナミの額に自分のおでこをくっ付けてサンジは囁いた。そして再び口づけた。ナミは無言で彼の首に手を回し、背伸びして腕に力を入れた。サンジも腰にやった手に力を入れて抱きしめた。
「ん〜?」
 くちゅくちゅと妙な音が聞こえてきたので、目覚めに近づく睡眠になっていたウソップはくぐもった声を出して目をうすく開いた。
 緩慢な動作で身体を起こしたウソップは、昨夜片づけを終わらせると疲れてそのまま寝てしまったんだなぁと思い出しながら部屋を見回した。そしてそこに一つの影を見い出して顔をそちらの方へと戻した。ウソップはまるで昨夜の続きかと言うように、二人が夢中でキスしてるのを見つけた。
「……朝っぱらからお盛んなこって」
 その呟きが聞こえたのか、女の方が男から離れようともがき始めたが、男が離れないので背中に回していた手で彼を叩き始めた。
「んっ! んん〜!」
 しばらくして渋々解放した男に、女はバッと離れた。
「今さらそんな風にしなくても知ってるんだから気にすんなよ」
 呆れたように声をかけるウソップにナミは真っ赤になった顔で睨んだ。
「大体、昨日の事に比べたらこんなの何でもねェだろ?」
「……昨日?」
 サンジがそれを聞いて不思議がったので、記憶がないのを悟ったナミは追求される前に慌ててウソップを攻撃し始めた。
「うるっさい! この覗き!」
「なっ……! 人が眠ってる傍でヤる方が変だろうがよ」
「何だとこのクソっ鼻!」
 コックが本気で怒ってるのは、ナミにかけた言葉の事以上に邪魔された事の方が大きいだろう。ウソップは立ち上がって肩を竦めた。
「はいはい。俺は部屋に戻って寝直すからよ。続きはその後にしてくれよ」
 言ってドアに向かった彼にサンジは問いかけた。
「あ、片づけはお前一人でやってくれたのか?」
 ウソップが答えるよりも早くナミが答えた。
「そうよ。ピカピカにしてって言ったら快く承知してくれたのよ」
「へぇ〜。ありがとな」
「ま、まぁな! それぐらいはしないとな。何せお前の誕生日だったんだからよ。このキャプテ〜ン・ウソップにお任せだ!」
 ドンと胸を叩いて鼻高々に言うウソップに、サンジはにこやかに口を開いた。
「さすがキャプテン。よく気づくな。今夜はお前の好物にしてやるから楽しみにしておけよ?」
「本当か!?」
 目をキラキラさせて喜ぶウソップに、ナミは言った通りでしょ?と目で語った。そして、するっとサンジの腕に手を絡ませて見上げると、柔らかい感触に歓喜してハート目で彼は彼女を見返した。
「あのね、サンジ君っていつも私たちのために働いてくれてるでしょ? だから誕生日くらいは休んでもいいんじゃないかって思ったの」
「じゃあ、発案者はナミさん?」
「ああ、そうだぜ? 何だかんだ言ってお前って結構想われてるよな」
 ウソップの合いの手に、サンジはナミを抱きしめた。
「ちょっ……!」
「さっすがナミさん! そうだよな〜。男どもがそんな事を思いつく筈がねェよなぁ」
 うんうんと頷きながら呟くのを見てウソップは苦笑した。そして、不安そうにサンジに確認をとってみた。
「サ、サンジ君? 今夜の俺の好物ってのは変更はないよな? な?」
「ん? ああ、心配すんなって。やってくれたのはお前なんだろ?」
「そうそう」
「ナミさんのこの美しい手を汚さなかったんだからな。当然さ」
 そう言いながらサンジは彼女の手を取ってうっとり見ていた。
「じゃ、じゃあ俺、寝直してくるわ!」
 慌てて立ち去る彼の姿を見遣るものは誰もいなかった。
 足音が聞こえなくなると、サンジは彼女を少し身体から離して見つめた。
「ところでナミさん、昨日何があったの?」
「うっ……」
 はぐらかせたと思っていたが、そうではなかったらしい。ナミは冷や汗をかいてしまった。サンジは抜けた記憶が気になるらしく、彼女が話し始めるのを待っていた。
「あ、あの……」
「うん?」
「皆の前でこんな風にしてたみたいなの」
「そうなの?」
「うん」
「サンジ君も私もすごく酔ってたから……」
 ナミも全てを覚えてないので嘘は言ってない筈だと自分に言い聞かせていた。サンジは何やら腑に落ちない表情だったが「なぁんだ」と呟いていた。
 それを聞いてホッとしたナミはちょっと疑問に思った事を聞いてみた。
「ね? ウソップなんだけど、それでもキノコは食べさせるの?」
「ん? そりゃ当然だろ?」
「そっか」
 さっきの話は終わったとばかりに聞いてくるナミに、彼女の恋人は何でそんな事を聞かれるのか解らないというような顔をしていた。彼女はそれにふわっと微笑んだ後、これからのウソップの受難を思って今度はおかしそうにクスクス笑っていた。そんな風に表情を変えて笑う彼女に惹かれて彼はその唇に吸い付いた。そして船長がやってくるまで二人はいつまでもキスをしていた。

─END─
【後書き】
 勢いで書いたサンジ誕小説です(笑) 勢いで書いた割には長くなってしまいました。いや、ちょっとHっぽいシーンを入れたかったので、それを書くと文字数が増えてしまったのですよ(笑) そして、最後をどうやって終わらせるか考えてなかったので、オチの見えたラストになってしまいました(苦笑)
 実は仕事をしながら誕生日話を思いついたので、帰って前の作品をアップし終えた後に書き始めました(笑) ふと頭に浮かんだので書いてしまえと。ええ、チャットの最中に書いておりました(笑)
 昨年のとちょっとだぶってるシーンもありますが、まぁ、宴会をしてるのですから酔うのは当然あるシーンだろうと少し開き直って書きました(苦笑)
 タイトルになんの捻りも無いのは、これが思いつきで書いた話だから(汗) 今回はタイトルが先に浮かんだのではなくて、話が……誕生日に宴会をする麦わら団というのが浮かんだんです(笑)
 サンジに何をあげたいのかは容易に想像できてしまいますがいいんです! 要するに甘々なサンナミが書きたかっただけなので(笑)
    最近の作品はあまりなかったし。だから反動で書いてしまったのかも。
 偶然だけど、この副読本の32番目にサンジ誕生記念小説だなんて、ちょっと嬉しかったりして(笑)
 タイトルは書いていくうちに決めたんですよね。で、本当にあげたいのは「休息」で、いちゃつくのもナミが誕生日だし〜って甘やかしたのも有りかも。お酒入って大胆になってたし(笑) ナミだっていちゃいちゃしたかったんでしょうしね。
 ワカメ酒って言葉を絶対に入れたくていちゃいちゃを長く書いたのかも(笑)
 脱稿時間を見てもらえたら、当日にアップできなかったのはご理解いただけるかと思います(汗)
2004/03/02 23:31脱稿
Copyright since 2005 magami_kei All Rights Reserved.

at 23:31, 真神恵, 望月の謳(読本)

-, -

彼の好み

 晴天の日に気持ちの良い風が吹いていて、サンジは一仕事終えたのでキッチンから出て伸びをしていた。一服しようと船尾に移動したら、柔らかそうな水色の髪が風に吹かれて揺れていたのでサンジは彼女に近づいていった。
 靴音に気づいた王女はカルガモと共に振り返って、足音の主を認めるとふわっと微笑んだ。
「サンジさん。お仕事はもう終わったの?」
「ああ、だからちょっと一服しようと思ってね」
 サンジは靴底でマッチを擦って口に咥えた煙草に火を付けた。肺に吸い込んだ煙をふうっと吐き出して、彼は船べりに両肘を乗せて海を見た。
「もうすぐ着くね」
「ええ。もうすぐ……」
 さすがに故郷が近づくとその心中は穏やかにはいられないのだろう。ビビはこうやって船尾に来ては今までの自分の辿った軌跡を思い返しているようだった。
 突然激しい風が吹いて、ビビはふわりと舞い上がった髪を手で抑えた。しかしそれは一瞬の風の悪戯だったようで、ビビは乱れた髪を手櫛で整えていた。と、青年の視線を感じて王女は彼を見た。
「サンジさん?」
「あ、いや。長い髪の女の子っていいよなぁと思ってさ」
 キョトンとしたビビはまじまじとサンジを見た。その真直ぐな視線にサンジの方がたじろいだ。
「な、何?」
「……いえ。知らなかったわ。サンジさんって長い髪が好きなの?」
「ん? ん〜……そうかもしれないなぁ。ビビちゃん見てるとやっぱ長い髪はいいなぁって思うよ」
 自分も風のために少し乱れた髪を軽く手で戻して苦笑しながら質問に答えた。
 ビビはその返事を聞いて意外に思った。
「で、でも、ナミさんは?」
「ん? 彼女はあれでいいんだよ。今の長さがすごくいい」
「はぁ〜そうなの?」
「そうだよ。ナミさんはあれ以上伸ばしちゃいけない。いや、もう少し短い方がいいかもな」
 ビビがどうしてと聞こうとしたが、何気なく振り返って口を「あ」という形に開けていた。カルーが気づいて主人の視線の先を辿ってみたが、そこには何もなかったので不思議そうな顔をして彼女を仰ぎ見た。ビビは視線に気づくとなんでもないわと言うように肩を竦めてコックの後ろ姿を見つめた。
「……サンジさんの言ってる事、よくわからないわ?」
「そう?」
「だって、サンジさんの本命ってナミさんでしょ?」
「あれ? わかる?」
「ええ。つき合ってるんでしょ?」
「まさか……」
 苦笑して言うサンジにビビは「あれ?」と思った。明らかに自分と違う態度で接してて、ナミだってそれを嬉しく思ってる筈だから。部屋で話しててナミの態度がそれを雄弁に物語っていた。彼女の性格上隠してるだけで、二人はつき合ってると思っていただけに、サンジの反応に違和感を覚えた。というか、あれでつき合ってないと信じろと言う方が無理があるとビビは思った。
「違うの?」
 尚も問いかけてくる好奇心旺盛な王女にサンジは手を伸ばした。そして彼女の髪に優しく触れて一房掴んだ。
「ああ、思った通りだ。すげー柔らかい」
「あ、ありがとう……」
 話をはぐらかすためなのだろう。急に触れられてビビは戸惑った。サンジはサラサラと指から離れていく髪を見ながらビビに尋ねてきた。
「なぁ、ビビちゃん」
「な、何?」
「一緒に航海するようになって随分伸びたんじゃねェ?」
「……ええ。少し伸びたかも」
「やっぱりな。少し切るかい?」
「え? サンジさん、髪もカットできるの?」
「ああ、この船でそんな繊細な事ができるのって俺しかいねェじゃん。ちょっと風があるからキッチンでした方がいいかな?」
「あ、いいの。切らなくても」
「そう? 遠慮しなくてもいいんだぜ?」
「そうじゃなくて……その、願掛けしてるから」
 ビビの思いを知って、サンジは髪をいじるのを止めて彼女の顔を見た。視線が合うとビビは苦笑してサンジの無言の質問に答えた。
「何でも、利き目がありそうな事なら試していたいから。気休めかもしれないけど」
「そうか……こんなにビビちゃんが祈ってるんだ。絶対に上手くいくし、俺たちだって協力するから大丈夫だって」
「ありがとう。それにね、私は髪は伸ばしてなくちゃいけないの」
「どうして?」
「式典やお祝い事、他の行事でいろんな衣装を着なくちゃならなくて、髪だってその度にいじられるから短くできないの」
「はぁ〜……王女様もなかなか大変なんだなぁ。ちょっとこの髪にもう少し触れていたかったけど、それじゃ仕方ねェよな」
 そう言うと、サンジはビビの髪から手を離した。そして再び煙草を取り出して2本目に火をつけた。
 ビビはう〜んと伸びをして潮の匂いをかいでいたが、ハッと思い出したように背後を振り向いた。しかし、さっきカルーが見たように何もなかったのでビビはホッとして、主人の奇妙な行動に心配そうに見上げてきたカルガモに微笑んでその背中を撫でてやっていた。
「さぁて! おやつでも作ってくるかな。あ、できたら持ってくるね!」
 ビビの挙動不振に気づいていたものの、サンジはそれだけ言ってキッチンに再び戻っていった。

 1時間ほど経ってサンジがキッチンから姿を現すと、何かを言う前からルフィとチョッパーとウソップはそこへ突進していった。トレイを高々と掲げ、彼らをひらりとかわしたサンジは少女たちの元へと向かっていった。
「ナミすわ〜ん! ビビちゅわ〜ん! お待たせ〜って、あれ? ビビちゃん、ナミさんは?」
「部屋にいるんじゃないかしら? 私、呼んでくるわ」
「いやいいよ。俺が行くから」
「ううん。私が行きたいからサンジさんはここで待ってて?」
 一度言ったら引かない王女は、コックの返事も待たずに倉庫へと向かった。サンジは掲げていたトレイをテーブルに置いて大人しく待つ事にした。

「ナミさん?」
 女部屋の戸を持ち上げてビビは声をかけた。しかし返事がなかったので階段を下りてみた。すると、航海士は机に突っ伏して寝息をたてていた。ビビはそっと彼女の肩を揺すってみた。
「んん〜? ……あれ、ビビ?」
「ナミさん、おやつができたそうよ?」
「えっ!? もうそんな時間?」
 驚いてバッと顔を上げたナミにビビは苦笑した。
「ナミさん、ひょっとしてずっと寝てたの?」
 ビビが自分の口元を人さし指で指差すと、ナミは自分の口元に涎がついてる事を知って顔を赤らめた。
「ち、違うわよ! データが揃った地図を書こうとして……あれ?」
 慌てて説明しようとするナミは、机に広げられた紙が真っ白な事に気づき、ビビの笑い声が聞こえてきたので再び顔を赤くした。
「も、もう! おやつなんでしょ? ほら、行くわよ!」
 恥ずかしさを隠すためか怒ったように言って、ナミはビビの背中を押しながら外へ出た。
「う〜ん、本当に今日はいい天気ね!」
「明日もこんな天気だといいのにな」
「気候が安定してきてるから多分大丈夫よ」
「……そう」
「あ、そっか。安定してきたって事は……もうすぐなのね」
「ええ」
「大丈夫。私たちがついてる!」
 ナミが自分の胸をトンと叩いて自信満々に言うので、ビビはおかしくなって吹き出した。
「? 何よ?」
「だって……! さっきサンジさんにも同じ事言われたから〜」
 その含みのある言い方に、ナミは腕を組んで抗議した。
「……なぁにが言いたいのかしらぁ? 王女様?」
「え? え〜? 私、何かおかしい事言ったかしら〜? この船の人は皆同じ事を言ってくれるから心強いって事なんだけど〜。ナミさん、何だと思ったの〜?」
 ようやく笑いを納めたビビは、からかうように逆に質問した。その意図を読んだナミは、腕を組んだまま顔を赤くさせていた。
「ちょっと! あんた最近タチ悪いわよ?」
 そう言って追いかけてくるナミからビビは笑顔で逃げていた。王女然とした落ち着いた雰囲気を見せたかと思えば、こうやって子どもっぽい姿も見せる。クルクルと表情を変える彼女に「もう〜」とナミは苦笑していた。
 そして追いかけるのを諦めて階段を上ったナミは、船首に置いてあるデッキチェアの傍にコックを見つけたが、別段声をかける事もしないでそこに座った。ビビは下からこっそり窺っていたが、普段通りの彼らにいささか落胆して、カルーを連れ立って航海士の隣に置かれたデッキチェアに同じく腰を下ろした。
 ようやく現れた二人に笑顔を見せて、サンジは彼女らのためにドリンクを差し出した。
 騒がしい夕食の後、食った食ったと満足そうに腹を叩いた船長は、すぐに眠気に襲われたのかそのままキッチンで寝そうになっていた。それをしょうがねェなぁとゾロが肩に担いで部屋へと運んでいった。そういうゾロもウソップに大丈夫かよと心配されるくらい半分しか目が開いてない状態だった。そして、チョッパーも彼らの後ろをちょこちょこついていき、キッチンに残ったのはサンジの他にはビビとウソップとナミになった。
「あ〜……じゃあ、俺も見張り台に行くかな?」
 コックに無言の圧力をかけられて、長い鼻の狙撃手はそそくさと立ち上がった。それに合わせてビビも立ち上がった。
「あれ? ビビちゃんも戻っちゃうの!?」
「え? ええ。私も今日ははしゃいじゃったからもう眠くて……」
 そう言って欠伸を堪えるビビにナミは涼しい目を向けた。
「人をからかうからよ」
「はーい。おやすみなさ〜い」
 軽くかわしてビビは本当に眠いらしく、欠伸を連発しだしたのを慌てて手で口元を覆ってキッチンから出ていった。そうして残ったのは二人だけ。サンジはご機嫌でナミに尋ねた。
「ナミさん、何か飲む?」
「え? ……ううん、いらないわ。私も部屋に戻るから」
 最近はよくここで日誌を書いてたので、お湯を沸かそうとしていたサンジは驚いて振り返った。
「ええっ? 何で!?」
「何でって……。どこで日誌を書こうが私の勝手でしょ」
「いいや! ナミさんの日課はここで日誌を書いてから部屋に戻る事になってるの!」
「誰が決めたのよ」
「オ・レ」
 親指を立てて自慢げに自らを指差すサンジにナミは額に手を当てた。
「あのね〜」
「それに、ナミさんだって日誌持ってきてるじゃん」
「こ、これは……!」
「これは?」
 尋ねられてナミは言い淀んでしまった。確かに習慣づいてしまったらしく、夕食時に日誌を持ってくるのがクセになっていた。それを指摘されたようでナミは焦った。ついクセで、なんて言えるわけがないので机に手を置いて立ち上がっていたナミは、開き直ったかのように音を立てて腰を下ろした。
「わかったわよ! 書けばいいんでしょ!?」
「そうそう」
 嬉しそうに頷いているサンジに呆れ顔をしたナミは、諦めて今日の分を書く事にした。しばらくするとサンジが紅茶をいれてくれたので、無言でそれに口をつけた。
 今日は何事もなく過ごせたからか、思ったより早く書き上がってしまったので、ナミはこれで文句を言われずに部屋に戻れるとホッとした。そして、何でそんな事を気にしなければならないのかとすぐに気づいて渋面を作った。
 そんな風に一人で百面相してるナミを可愛いなぁと思いながらサンジは洗い物を終えた。そしてナミが書き終わるのを確認して彼女に手を伸ばした。
「!?」
 いつの間にか傍に腰かけていたサンジに驚いたナミは、彼が自分の髪の一房をそっと掴んでるのを見て更に驚いた。
「な、何?」
 少し上擦った声が出てしまってナミは困惑した。さっきまで何ともなかったのに、彼が自分の髪に触れてから背中がゾクゾクしてきたからだ。ただ掴んでいるだけなのに。
「ナミさんさ、髪伸びたよな?」
「そ、そう?」
「ああ。いつも見てるからわかる」
 ストレートに言われてナミは頬を赤らめた。
「もう! いつまで触ってるのよ!」
 そう言って手を振り払おうとしてきたので、サンジは一旦髪から手を離した。しかし、もっと触れていたいと思ったサンジは再び彼女の髪に触れた。嫌なら離れればいいのに、ナミはビクッと身体を震わせただけで動こうとはしなかった。
「ナミさんの髪って本当にサラサラしてるよな」
「そんな事ないわよ。くせ毛だし。ビビみたいにサラサラしてないわ」
「そうそう。ビビちゃんの髪! 願掛けしてるんだって」
「え?」
「彼女も伸びたから切ろうかって言ったらそう言ってた」
「……そうなんだ」
「でもさ、ナミさんだって、柔らかくてサラサラしてるよ?」
「……それはどうも! それに『も』って何よ?」
「ん? ナミさんの髪、伸びただろ? だからそろそろ切った方がいいんじゃねェ?」
「嫌よ。切りたくなったらそう言うわよ。しばらく同じ長さだったからちょっと伸ばしてみたいし」
 相変わらずナミの髪をいじっていたサンジは、ナミの言葉を聞いて気色ばんだ。
「それはダメ!」
「は?」
「ナミさんは今より長くしちゃダメ! うん、やっぱり切ろう! もう今から切るから!」
「ちょっ……! 何言ってるのよ!? 私は伸ばしたいって言ってるのよ! それにいつまで触ってるのよ!」
 最後は怒気を含んで言ったので、サンジはすぐに彼女を解放した。しかし彼女の様子に頓着してないのか、棚からハサミをと櫛を出してきた。それを見てナミは彼を睨みつけた。
「怒ったナミさんも可愛いなぁ」
 怯んだ様子もなくサンジは顔を綻ばせる。彼にとってこの二人きりでいるという事実が全てだった。そんな表情をされて毒気を抜かれたナミはがっくりと肩を垂れた。
「髪、触られるの嫌かい?」
 さっきよりも近くに座られて、ナミは少し緊張していた。
「……普通はそんなに軽々しく女の子の髪に触るもんじゃないわ」
「でもさ、俺は皆の髪も切ってるわけだし?」
 そう言うとサンジはまたナミの髪に触れてきた。触れられてナミはまたゾクゾクしてきたので思わず目を瞑ってしまった。
「ん? どうしたの?」
「な、何でもないわよ。てか、本当に今切るつもりなの!?」
「そうだよ?」
 当然だとでも言うように答えてきたので、ナミは腕を伸ばしてサンジを遠ざけようとした。けれどそんな力で動く筈もなく、ナミは押し退けるのではなく自分が離れたらいいんだと立ち上がろうとした。すると腕を引かれてサンジの胸の中へと倒れ込んだ。抗う暇もなく肩を抱かれて逃げ道を塞がれて、ナミは悪あがきをするようにもがくだけだった。
 サンジはそれを気にするでもなく、片方の空いた手でナミの髪を再びいじり始めた。
「ぁ……」
 それはとても小さな声だったけど、ナミはサンジに髪を触られて思わず声を上げてしまった。しかし聞こえてなかったのか、サンジは手を止めなかった。その度にナミは身体に電流が走ったような感覚に犯されてその身体を震わせていた。そしてそれは抱き合ってる相手にダイレクトに伝わっていた。
「ナミさん? どうした?」
 こいつ、本当は知っててやってるんじゃないかとナミは疑い始めた。だからそれに答えずに無言でいたら、彼は今度は頭の天辺に口づけていた。
「ちょっ……止めてよ」
 堪らず拒否したナミに、サンジはクスッと笑った。
「! あんたやっぱりわざとやってたのね!?」
「え? 何が?」
「〜〜! 離しなさいよ!」
「嫌だね。ナミさんが髪を切るって言うまで離さない」
「バカ!」
 そう言って再びもがき始めた彼女を、サンジはきつく抱きしめて動きを封じようとした。ビクともしないのでナミは疲れていまい、観念して彼に体重を預けた。だからサンジも力を緩めてあげた。
「……ねぇ、何で私は髪を伸ばしちゃいけないのよ?」
「どうしても!」
「……髪が長い方が好きだって言ってたくせに……」
 小さく呟いた彼女の声を聞き取ったサンジは、嬉しそうに再びギュッと抱きしめた。
「何? ビビちゃんとの会話聞いてたの?」
「聞こえてきたの!」
 近くに来ないと聞こえない会話なのに、認めないナミを彼は可愛いと思った。
「ふ〜ん? それで髪を伸ばそうと思ってくれたんだ?」
「バッ……! 自惚れないでよ!」
「あはは」
「笑うなぁ!」
 その表情は見えないけれど、真っ赤にしてるんだろうな〜と思うとサンジは笑いが止まらなかった。
「うん。俺、髪の長い子って好きだなぁ」
 そう言うと、ナミの身体がその言葉に反応したかのように固くなった。それに嬉しそうに唇に笑みを浮かべていたら、ナミが身体を起こしたので自由にさせてやった。どんな反応をするのかと見ていたら、ナミは日誌を持って部屋から出ていこうとした。
「ちょちょっ……! ナミさん!?」
「何よ? 髪の長い子が好きならそういう子をナンパしたらいいじゃない」
「ナンパって……俺はそんな気持ちでナミさんに……」
 サンジを一瞥すると、彼が言葉を言い終わらないうちに顔をついとそらしてドアに手をかけたので、彼は慌てて彼女の腕を掴んで自分の方に引っ張った。もう一度サンジの腕の中に納まったナミは、全身で彼を拒絶するように身体を固くしていた。サンジは殴られるのを覚悟の上で、彼女のむき出しの肩にそっと唇を落とした。
「人の話は最後まで聞けって」
「……さっさと言えば?」
 硬質な声が返ってきて、サンジは焦った反面嬉しく思っていた。
「だからさ、俺は確かに長い髪が好きでナミさんが伸ばした姿ってのも見てみたいって思った事もある。でもさ……」
「でも?」
「今でもナミさんは充分可愛いだろう? なのに髪長くしたらもっと可愛く綺麗になるに決まってるんだ。そんな姿を他の野郎に見せたくない」
「何言って……」
 呆れた声音を発すると共に、サンジを拒絶していたかのような身体の固さがとれていった。サンジは内心ホッとしながら言葉を続けた。
「他の野郎に見られたら、そいつら絶対にナミさんを狙うに決まってるんだ」
「失礼ね。じゃあ、今の私は魅力がないって事かしら?」
「そうじゃなくて! 今だってすげェ魅力的なのに、髪なんか伸ばしたら今以上になるって言ってるんだよ!」
「だからって、何でサンジ君に指示されなくちゃいけないのよ?」
 その声にからかいの雰囲気を感じたが、サンジは構わず続けた。
「今日さ、ビビちゃんに言われた。俺がナミさんを本気で好きだろうって」
「そ」
「何度も言ってるけど、俺、本気だぜ?」
「それで?」
「ナミさんはこうやって抱きしめたりキスさせてくれるけどさ……」
「そうね」
「どうやったら信じてもらえる?」 「口で何回言われたって私は信じないわ」
「でもさ、さっきのってヤキモチだよな?」
「だから〜自惚れないでって言ったでしょ?」
「髪触られてあんな反応したのは何故? ビビちゃんは平然としてたのに」
 自分でもよくわかってないのに、痛いところを突かれてナミは黙ってしまった。その様子にサンジは明らかに期待をしているようだった。
「そんなの知らないわよ。人によって感覚が違うだけでしょ?」
 思いついた言葉をよく吟味もしないで発したナミは、それで彼が喜んだなんて思いもしなかった。だからサンジは再びナミの髪を一房掴んで、ナミに見せるように口づけた。サンジの恍惚とした顔を見て、ナミは身体が熱くなっていくのを感じた。しかし彼にそれを知られたくないと思ったので視線をそらしてジッとしていた。
 長い間そうしててもナミが何も言ってこないので、サンジはようやく唇を離した。すると彼女は明らかにホッとしているようだった。
「……俺の本気、わかってくれた?」
「わからないわ。それに、サンジ君の気持ちを知っても私が応えるとは限らないわよ?」
「いや、そうなんだけどさ……」
 そう言いながらもサンジはナミの反応を見て密かに自信を持っていた。だから、あとは彼女に自分が本当に好きなんだって事を知ってもらえば何とかなると思っていた。その胸中など全くわからない彼女は、しばらく何かを考えていたようだった。
「だったら、言葉以外で本気を見せてみてよ」
 腕の力を緩めている彼からするりと抜け出して、ナミは椅子に腰かけて足を組んだ。そうして彼を見上げた。
「……そうね、いつものような気持ちの入ってないキスじゃなくて、私に本気を感じさせるようなキスでもしてみたら?」
 そんな風に受け取られていたのかとサンジは少しショックに感じた。だがナミは今、正面から受け止めると言っている。せっかく与えられた好機を逃す筈もなく、サンジはナミの脇の下に手を入れ彼女を持ち上げると机に座らせた。
 少し戸惑いを見せたものの真直ぐ見つめてくる彼女の顎をとってサンジは口づけた。ナミはしてみろと言った通り、彼が口づけると同時に目を瞑って受け入れた。
 始めは唇を唇で挟んだり、舌でそこをなぞったりしていた。そうやって彼女の口を開くと彼は舌を差し入れた。彼女が言った通り、今までしていたキスは挨拶程度のもので、このようなキスを彼女にするのは初めてだった。本当はしたくてたまらなかったし普段の自分だったら女をその気にさせるキスはできる。しかし、彼女に関しては拒絶されるのが恐くて今までできずにいた。
 舌を入れてナミのそれを絡めとってみるが、彼女が応える様子はなかった。しかし、ナミを手に入れたい気持ちがどんどん膨らんできて、サンジは思わず彼女をそのまま机に押し倒していた。
 サンジは意識してなかったが、押し倒すのに彼女に触れた時に彼の手はわずかに震えていた。ナミはキスだけのつもりがそんな体勢にされてどうしようかと思っていたが、サンジの震えを敏感に感じて思わず目を開けた。そして必死に自分の口を塞ぐ彼を見て目を細めると、彼女は再び目を瞑った。
「んっ……」
 始めは平然と受けていたナミも、熱烈なサンジの口づけに思わず彼のシャツを掴んでいた。ぴったりと口づけられて、ナミは息ができずに顔をずらそうとした。しかし、やっと息ができたと思ったらすぐに塞がれて、それを何度か繰り返した後に両手で頭を掴まれた。そして少し敏感になってるため、再び髪をいじられたナミは身動きできなくなってしまった。
「んっ、んんっ……」
 サンジの想いのつまったキスはどうやらナミを陥落させるまで解放するつもりはないようだった。次第に頭がボーッとしてきたナミはシャツを掴んでいた両手を彼の首に回してキスに応え始めた。
 驚いて一旦唇を離したサンジはナミと視線を合わせた。そして頬を染めて潤んだ目で自分を見つめてきた彼女にニッと笑うと彼女の身体を起こした。しかし、既に身体の力が入らないナミは男が抱き締めようと引っ張った力に逆らえず、そのままサンジの胸にもたれかかった。少し息を乱していたナミにサンジはさっきとは打って変わって奪うように荒々しく口づけた。そしてそんなサンジにナミは同じく行動で応えていた。
「んっ……ふっ……んっ……」
 漏れてくる声は艶が含まれていて、サンジの理性はなくなる寸前だった。思う存分想い人の唇を味わったサンジは、グイッとナミの身体を自分から離した。
「? ……サンジ……君?」
 キスする前と違い、まるで誘うような表情でナミはサンジが自分を離した事を不思議そうに聞いてきた。彼がその頬に手で触れると、彼女はそっと自分の手をそこに添えて目を瞑った。その色っぽい表情に再び溺れそうになるがサンジはそれに耐えた。
「……俺の本気、感じた?」
「さぁ……?」
 口ではそう言うものの、彼女の表情が雄弁に物語っていた。
「本当はこのまま先に進んでしまいたい……」
「でも、進まない?」
「ああ……」
「……どうして?」
 それは暗にOKしてると言ってるようなものだったが、サンジはそこを追求するような事はしなかった。
「だって、俺はナミさんに本気だから……」
 囁くようにそう言うと、サンジは頬に当てた手を離した。そして彼女の耳を甘噛みした。耳から首に唇を滑らして一つだけ印を付けると、ナミは首を竦ませた。再びサンジがナミを見つめようとしたら、彼女も彼を熱っぽい目で見つめてきた。そして互いの目は潤み、唇は濡れて潤っており、頬は紅潮していた。
「だから今はここまで」
「……うん」
 ため息が出るほど艶やかな声音で囁いたあと、そっと顔を離したサンジにナミは俯いて答えた。そして彼が身体も離そうとしたその時に、彼女は彼の首に再び腕を回して軽くキスをした。自分の行動に驚いているサンジを、ナミは恥ずかしそうに上目遣いに見た。
「……そういう事だから」
 自ら期待し仄かに確信していたが、いざ思い通りになったというのに、サンジの頭は事態についていけなかった。しかしナミが立とうとするのを感じるや、無意識に手を差し出した。サンジの手を取って足を床に下ろしたナミは、そう言って少しふらつく足でキッチンを出た。しばらく嬉しすぎてぽかんとしていたサンジは、キッチンの扉が閉まるとハッと我に返った。
 そうして今更ながらサンジはへなへなとその場に座り込んで髪をくしゃりとかき上げた。今頃心臓がバクバクと脈打ってきて、とにかく一服して落ち着こうかと思ったが、すぐに勿体無いと思いポケットに伸ばしかけた手を止めた。とはいえサンジはこの幸せをどう表現したらいいのかわからず、しばらく口元を緩めて余韻に浸っていた。
─END─
【後書き】
 33333番のリク内容は、「両想い(「エッチ有り)寸前・駆け引き・強(攻)気サンジの3点で」という事で、エロ無しで色気のある話をとの事でした。
 このリクを受けた時にテーマや登場する人物はすぐに決めました♪ ただ、当時思いついたものよりはちょっと色気が半減したような気がしますが……。思いついた時に書かないといけないな〜とちょっと反省。
 書く前に決めたテーマはズバリ“髪”でした。髪だったらやはりロビンよりビビの方かな〜と登場人物も固まりました(笑)
 私は美容院に行った時、女性の美容師さんにしか髪を触ってほしくない人間です。男性に触られるとどうもダメです(笑) 今回の話はそんな自分の経験から書いてみたりして。それに髪をテーマにした話ってなかったような気がするんでちょうどいいかなぁと。
 感覚は人によってそれぞれ違うと思いますが、少なくとも私はナミのような反応をしてしまってちょっと困ってしまう事もしばしば(笑) 同意見の人、結構いるかと思うのですけどどうでしょうか?
 でのこの髪を使っての話はエロなしで色気を出すにはもってこいだと思いました! ……でもちょっとキャラの一貫性のない話になった気がしないでもないです(汗)
 タイトルはそのテーマに深く関連してます(笑) 本当はリクにあるように駆け引きっていう点を強調するようなタイトルとして「シーソーゲーム」にしようかと思ったんですが、内容的にちょっと違うかな〜と思ってこのタイトルにしました。
 それと、この話をサンジ誕に発表するのも最初に決めてました(汗) その時は絶対に書けないだろうな〜と思ってたんで。このイベント月間で小説を10本書く予定で、これで7本目になります(笑)
2004/03/01 21:28脱稿
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at 21:28, 真神恵, 望月の謳(読本)

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