あげたいもの
例によって例のごとく、剣士と航海士は飲み比べをしていた。そして軍配が上がるのはこの船で最強の航海士だった。船長は節を作ってオリジナルの歌を歌い、それを解らないながらも船医が合わせる。誰も聞いていないのに狙撃手は立ち上がって過去のあり得ない冒険譚を蕩々と語っていた。それを静かに考古学者は見守り、コックは給仕に追われていた。
追加の料理を運びながら、サンジは何故自分の誕生日に皆の世話をしなければならないんだと疑問に思っていたが、美味しそうに皆が自分の作ったものを食すのを見ていたら、そんな事はどうでも良くなって、自然と笑顔になるのだった。
「サンジ君、お疲れさま!」
「ナミさん! ああ、感激だなぁ!」
「はい。サンジ君、ずっと給仕に追われてて、まだ一度も飲んでないでしょ?」
そう言って飲めと言わんばかりになみなみと注いだジョッキを、ニッコリ笑って手渡した。サンジは後片付けの事を考えたが、ナミの笑顔を見るとへらっと表情を緩ませて受け取りジョッキを仰いだ。
「すっご〜い! もう一杯!」
「嬉しいな〜。ナミさんに注いでもらえるなんて〜」
「え? そう? じゃあ、今晩はずっと注いであげる」
「本当?」
「うん。だから一緒に飲もうね!」
「はい! 喜んで!」
ハートマークを飛ばして快諾したサンジに、ナミは彼に気づかれないようにクスッと笑った。
甲板には静かに飲んでいるロビンと、まだ話し続けているウソップの二人が無事だった。残りのメンバーのうち、ルフィとチョッパーは眠りながら器用に連動して歌っていた。ゾロはと言うと、彼らの後を追うのは時間の問題だった。そしてまだ飲み足りないナミは、キッチンから出てきたサンジに狙いを定めたのである。
飲み干すたびに歓声を上げるナミにデレデレとだらしなく鼻を伸ばしているサンジは、注がれるままに酒を飲んでいた。しかし彼女と違ってそんなに強くないのでそろそろヤバいなと思い始めた。ナミは既にでき上がってるらしく、彼のそんな様子などお構いなしにどんどん彼のジョッキを酒で満たしていた。
「ナ、ナミさんちょっと……」
「ん〜? なぁに〜?」
少し呂律も怪しくなっているナミの顔がとても可愛くて、うっかり彼女の要求に応えそうになるがサンジはそれを堪えた。
「俺、もうそろそろ止めておかないとヤバいからさ」
「え〜?」
「ほら、俺にはまだ後片付けが待ってるし。だから……ね?」
サンジの言葉にむ〜っと口を尖らせたナミは、駄々っ子のようにいやいやと首を振った。
「い〜や〜よ〜! もっとサンジ君と飲むんだからぁ〜!」
甘えるような口調で言われてサンジは危うく応じそうになるが、やはりダメだと思ってジョッキを床に置いた。それを見てナミがだんだん不機嫌になっていくのでサンジは慌てた。
「俺だってもっとナミさんと飲みたいけど、やっぱそういうわけにもいかないだろ?」
「なんでよ〜? いいじゃない〜。今日はサンジ君の誕生日なんだからぁ〜」
「や〜……そうなんだけどさぁ」
据わった目でずいっと詰め寄られ、サンジは嬉しいが困ってしまった。そしてさっきまでそんな扱いをされてなかったので苦笑していた。
「何よ〜。この私の注ぐ酒は飲めないっていうの〜!?」
一方、いつもならホイホイ言う事を聞くのに自分の要求を拒もうとする彼に業を煮やしたナミは、彼が床に置いたジョッキに手を伸ばした。
「ナミさん!?」
驚く彼を見てニッ笑うと、ナミは彼のジョッキに口を付けた。今さらそんな事で照れるのもおかしいと思うのだが、サンジは単純に喜んでいた。いつもながらいい飲みっぷりだなぁと見愡れていたら、意外に早くナミはジョッキから口を離した。そしてサンジに嫣然と微笑んだ。そのナミの表情に見とれていたサンジは、彼女の顔が迫ってくるのに反応が遅れてしまった。
「え!?」
声を上げた時にはサンジの視界は彼女で一杯になって口づけされていた。
「あら……」
「……お前らなぁ。ちったぁ場所を考えろ!」
その瞬間をしっかりと見た考古学者とそれに目が覚めてしまったらしい剣士に言葉をかけられ、いつもと立場が逆転したかのようにサンジは慌てた。そして、ナミは周りの声が聞こえないかのようにサンジにのしかかるようにキスをしていた。最初は戸惑っていたサンジも想い人の積極的な行動に、ギャラリーに見せつけるつもりで彼女の唇を堪能する事に早々と決心した。
サンジはいつもならすぐに彼女も舌を絡めてくるのに、唇をくっつけたまま目を閉じているのを不思議に思った。こっちにリードしてもらいたいのだろうと解釈したサンジは、舌で閉ざされた彼女の唇をノックした。
すぐに扉は開かれ、サンジの頭の中は周囲の状況などどうでも良くなっていった。そして中に侵入しようとしたら、口一杯に液体が流れ込んできた。飲み込んだかと思われた酒はそのままサンジに口移しされていた。慌てて離れようとしたが、それを見越していた彼女に抱きつかれて更にぐいっと唇を押し付けられたので離れる事ができず、ゴクンとそれらを飲み込んでしまった。それを確認したナミは彼からようやく身体を離した。
「……!」
サンジが慌てて口を抑えて彼女を見ると、ナミは彼を下から覗き込んでニヤリと笑った。
「どう〜? 本当にもう飲めない〜? そんな事ないわよね〜? 今ちゃんと飲めたんだしィ?」
それからナミは人さし指を軽く顎に当てて小首を傾げた。狙ってやってるとしか思えない彼女の仕種に、彼はわかっていながら我慢する事ができなかった。
「ナミさん!」
名前を言うなりサンジはナミを抱きしめた。予測してたのか、ナミは慌てもしないで彼を見上げるとにこっと笑った。それに喜んだサンジが再びキスしようと唇を突き出したらナミに手の平を押し付けられた。
「ダ〜メ〜!」
その言い方がサンジを更にメロリン状態にさせるのは容易に想像できて、周りで見てる面々は呆れたりおかしそうに笑ったりしていた。周囲の視線など意に介さず、サンジはナミだけを見ていた。
「サンジくん〜、私にキスしたい〜?」
「うん、したい」
「そう〜? じゃあ、もう一回ね〜」
とびっきりの笑顔でお許しが出て、サンジは顔を緩ませてナミに顔を近づけた。するとナミは後ろを振り返って、サンジのジョッキを再度掴んで飲み始めた。それを見てサンジは顔を引きつらせた。
「……まさか?」
「んっ」
サンジの懸念をナミは極上の笑顔で肯定して、今度は目を瞑り唇を突き出してサンジを誘った。ナミの誘惑に抗える筈もなく、サンジはまたお酒を飲む羽目になっていた。
ただのバカップルの姿にゾロは文句を言っていたが、それに相づちをうっていたのはロビンだけだった。誰も聞いてないので話すのを諦めたウソップは、周囲を気にしないでいちゃついてる二人に目が釘付けだった。
「ん〜」
これで許容量を完全に越えるのをわかってるナミは、それでもキスしてきた彼に機嫌を良くした。彼女は本当に周囲の事など考えてないらしく、ご褒美だとでも言うように彼の首に手を回してキスに応えていた。夢中になるあまりナミがサンジに体重を乗せると、やはり酔いが回ってしまったのであろう。彼は支えきれずに甲板に倒れ込んでしまった。
身体を起こして馬乗りになったナミは、酔いとキスの余韻でうっすらピンクに染まった顔で極上の笑顔を見せていた。サンジは言葉もなくそれに見とれて彼女の両腕を掴んで引っ張り彼女を胸に抱きしめた。
「まぁ……」
珍しく驚きの声をあげた彼女につられてゾロとウソップも同じ方向に視線をやった。そしてウソップは思わず口に含んだ水分を吐き出してしまった。
「ブーーッ! あ、あいつら何考えてんだよ!」
とても正視できなくてウソップは彼らに背を向けた。
「ほっとけ! 酔っ払いにまともな奴はいねェんだからよ」
「ああ……目の毒だ……」
呆れる彼らにロビンは相変わらずクスッと笑うだけだった。
「ふぅ。部屋に戻って寝た方がいいんじゃねェか?」
「……だな」
時間的にももうお開きにしてもいいだろうと思い、ゾロは眠ってる連中を連れて行ってやるとするかとジョッキに残っていた最後の一滴を口に含んだ。しかし、さっきまでいびきをかいて寝ていたルフィの声がいつのまにか聞こえなくなった事に気づいて、二人が寝ていた方に視線を向けてギョッとした。
「あ、おい! ルフィ!」
「あらあら」
後の二人も気づいたのか、ウソップは慌てて立ち上がるが目眩がして立ち眩んだ。三人を驚かせた当の本人は、フラフラと危なげな足取りで、彼らが無視を決め込んできた連中の方に向かっていた。
ナミと違い、へべれけになったサンジは口調まで変わってしまっていた。それがおかしくて、彼の胸に頬を乗せていたナミはケタケタ笑っていた。そして少し身体を上にずらして正面から彼の顔を見た。
「ああ〜。にゃみしゃ〜ん! もっとキスキスぅ!」
ん〜っと唇を突き出してねだる彼にナミも躊躇なく応える。ナミの方もさっきより更にでき上がっているようだった。そうして唇を離してジッと彼の顔を再び見ていたら、恐らく感動を言葉にしていたのだろうが何やら意味不明の言葉をサンジは口から零していた。それが面白くてナミはまた笑っていた。
「ん?」
背中に回されていた彼の腕が何やら蠢いたのでナミは敏感に反応した。そしてもう一度彼の顔を見たら今度は緩みきった表情をしていた。サンジに比べたらまだ意識がある方のナミはさすがに少し慌てた。身体を思わず離そうとしたら、さっきより強く抱き締められた。
「ちょ……!」
「むふ〜。柔らけェ胸が当たってるぅ!」
キャーッと歓声を上げて再び目をハートマークにして、サンジはギュッギュと腕に力を込めた。
「サ、サンジ君……!」
「ん〜?」
「苦しいよ……!」
ここで「恥ずかしい」とか「エッチ!」とか言うと調子に乗るのはわかってるので、ナミは彼のフェミニスト精神を突く作戦に出た。酔ってて理性が怪しいのだが彼女はそれに賭けてみた。すると、思った通り腕の力を緩めてくれたので彼女はホッとした。
「ゴメンねぇ〜? 気持ちいいけど、しょれだとにゃみさんの顔見れない〜〜」
何やら自分の意向もあったらしい。ナミはまた声を出して笑い始めた。それをニコニコ見ていたサンジは、何かを思い出したかのようにキラキラと目を輝かせた。表情の変化に気づいたナミが彼を見つめたら、サンジは腰に回していた手を彼女の頬にやって、軽くチュッと口づけた。自分の思いつきにワクワクして、それを言いたくてウズウズしているようだ。しかし彼はナミに聞いてもらいたいらしい。だからナミは興味もあったので聞いてみた。
「なぁに?」
「んふふ〜。にゃみさん、もう酒注いでくれにゃいの?」
「ん〜? サンジ君まだ飲みたいの〜?」
「にょみたい!」
「じゃあ、ちょっと待っててね〜」
そう言って今度は尤もな理由なのでサンジから離れようとしたのに、起こしかけた身体を再び戻された。
「あっ! もう〜! 飲みたいんでしょ〜?」
「うん!」
「離してくれないとジョッキを取れないでしょ〜?」
「ジョッキのはいいの〜」
「え?」
「あのね〜。ワカメ酒がにょみたい〜。にゃみさんにょませて〜」
「な……っ!」
サンジのお願いにナミは顔を真っ赤にした。
「にょ〜み〜た〜い〜!」
「やぁ〜だ〜! サンジ君のエッチ〜!」
バキィッと、ものすごい音がしたのは気のせいではなく、ナミがサンジに拳をふるったからである。本気で殴ったのか抑制が効かなかったのかは解らないが、殴られた方も痛覚が機能してないのかヘラヘラ笑っているだけだった。二度ほど殴ったあと足をバタバタさせてもがいているナミにサンジは再びキャーッと歓声を上げて同じように身体をジタバタさせていた。
突然上から降ってきた第三者の声に、彼らはピタッと動きを止めて声のした方に顔を向けた。すると足の間に両腕を垂らしてしゃがんでいた船長が、開ききってない目を擦って眠そうにしていた。
「ギャーッ!」
「くぉうらゴム! 邪魔すんじゃねェ〜! 出ていけ〜!」
今まで周囲の事など頭の中になかったナミは、ルフィの声に現実に戻され状況を理解するや途端に酔いが覚めてしまった。そして今まで自分がしていた事を思い出した彼女は頭を抱えて叫んでいた。サンジの方はさっきの甘い空気が霧散したのを感じた途端に気分を害し、追い払うように手を振った。
「出てけって言われてもよ〜。ここ甲板じゃん。なぁ。ワカメ酒って旨いのか? ワカメ取ってくればいいのか?」
「へへ〜んだ! お前ェなんかにょませるもんか!」
「バッ、バカ! そんな事聞いてんじゃないわよ!」
混乱から少し立ち直ったナミは、サンジの力が緩くなったのを逃さずすぐに身体を離して立ち上がった。そして腰に手を当ててルフィを見下ろして叱りつけた。
「あう〜。にゃみさぁ〜ん」
彼女が離れるなり悲しそうな声で彼女の名をサンジは呼び続けていた。
「所構わずお前ェらがいちゃつくからだろ」
呆れたのを隠しもしない声音で話しかけられ、ナミは再びうとうとしだしたルフィを脇に抱えた剣士を見上げた。そしてそのまま視線をゾロの背後にやる。
「……あ、あんたたち、ずっとそこに?」
「だって、今夜はコックさんの誕生祝いの宴でしょう?」
肩を竦めて答えたロビンにナミは口をパクパクさせた。
「やっと正気に戻ったのかよ。飲んで周囲に構わずいちゃつきやがってよぉ。これだから酔っ払いは始末に終えねェ」
ふう〜っとわざとらしくため息を吐いてウソップは片手を額に当ててやれやれと首を左右に振っていた。
思い出せる限りの自分たちの行いを振り返って顔を真っ赤にさせたナミに、サンジはその脚に抱きついて頬を擦り寄せていた。一部始終を見られていても、酔っ払っているサンジには関係がないらしい。いや、酔っ払ってなくても普段からこうしたいなどと思ってるんだろうと傍観していた側は思っていた。
「ええ〜い! ウザい!」
ゾクゾク感じてしまったナミはサンジの頭を拳で殴りつけてしまった。ハート形の瘤を作ったまま、サンジは意識を手放した。
再び混乱中の彼女に構わずゾロは大きな欠伸を一つすると、幸せそうに眠るチョッパーを肩に乗せて何も言わずに部屋に戻っていった。
「……」
後に残った三人は無言で見つめ合った。
「や、やぁね〜。今日はサンジ君の誕生日でしょ? だからお酒をたくさん飲ませてあげてただけじゃない!」
「そうねぇ……。貴女に注がれたお酒は彼には極上の味がしてたでしょうね。ワカメ酒、してあげるの?」
悪戯っぽい顔で問いかけたロビンの言葉にナミは「うっ」と詰まってしまった。
「あ、あんなの酔っ払いのたわ言よ!」
「あら、そうかしら?」
「だよなぁ。理性失ってるんだからあれが本音だろ? いやいや、さすがエロコックだぜ!」
腕を組んで感心してるウソップに、ナミは怒気を含んでまくしたてた。
「たわ言だって言ってるでしょ!? お酒をたくさん飲ませて眠らせようとしてたのよ!」
「で? 眠ったコックに何かしようとしてたのか? さすがエロコックの彼女だぜ!」
キャッ恥ずかしいと口を手で覆ってからかうウソップに、ロビンはそろそろ部屋に戻った方がいいわねと思った。
「それじゃあ、私は一足先に眠らせてもらうわね」
断わりの挨拶もナミには聞こえてなかったらしい。肩を竦めてロビンは倉庫の扉を開けた。
「……あんた、人の話は最後まで聞きましょうって教わらなかった?」
「はいはい。で? 酔わせてナニするつもりだったんだ?」
「!」
普段散々に言われているからか、彼はこれ幸いに攻めたいらしい。その意図を感じてナミは息を吐き出すと気を落ち着けようとした。いつもなら鼻を掴んだり問答無用に鉄拳が飛んだりするのだが、ナミの様子にウソップはよほど恥ずかしいんだろうな、まぁ、当然だよな〜と一人で納得していた。だから彼女が何を言い出すのかワクワクして待っていた。
「……今日ってサンジ君の誕生日だけど、やっぱり料理作るのはサンジ君以外には任せられないでしょ? でも、後片付けくらいはやってあげてもいいんじゃないかなって思ったの」
まともな意見だったのでウソップはおやと思い頷いていた。それに気を良くしてナミは続けた。
「でも、正直に言うと絶対に自分でするって言うでしょ?」
「確かにな。特にお前やロビンが言ったら絶対にさせないだろうな」
「そうなのよ! サンジ君ってお酒に弱いじゃない? で、私が注ぐ酒を拒む事はないって思って」
「なるほどな」
「だから飲ませて眠らせればうるさく言って来ないでしょ? だから飲ませたのよ」
「そんな思惑があったとはなぁ。全然わからなかったぜ。俺はてっきり誕生日祝いにいちゃいちゃさせてやってたのかと……あわわ」
言ってる最中にナミが剣呑な顔つきになっていったので、ウソップは慌てて口を手で塞いだ。ウソップが口を覆った途端にナミはニッコリ笑ったので、ウソップもつられてニッコリ笑った。
「じゃ、そういう事で後片付けはよろしくね!」
「おう、サンジの誕生日くらいはそれもいいよな……って俺かよ!?」
「他に誰がいるって言うのよ? 予定通りサンジ君は眠ってくれたんだし」
「いや、お前が眠らせたんだろ」
お酒というよりナミの最後の拳でサンジが眠った……というより気絶したのは明らかだった。
「そうとも言うけど……だから、ね?」
「ね? って待て待て待て!」
そのまま部屋に戻ろうとしたナミをウソップは引き止めた。
「何よ? あんただって賛成してくれたじゃない」
「したけどよ。それはお前がしてあげたいって思ったんだろ?」
「思ったけど、私がするなんてひとっ言も言ってないわよ?」
笑顔で言うナミにウソップは彼女の発言を思い出していた。確かに自分がするとは一言も言ってなかったのでたらりと汗をかく。
「で、でもよ。この場合皆でするのが筋じゃねぇか?」
「あのねぇ! ルフィにさせたら物を壊すのは目に見えてるでしょう? ずうっと前にバラティエにいた時にコックさんたちが怒鳴ってたじゃない」
「いや、まぁルフィはしゃあねえか」
「ゾロだって似たようなもんでしょ?」
「う〜ん。いや、案外まともにやってそうだがなぁ……」
「力仕事以外であいつの使い道あるの?」
「チョッパーとロビンはどうなんだよ?」
「チョッパーは可愛いからいいのよ。ロビンと私は……そうね、手が荒れるじゃない。そんな事になったらサンジ君が暴れるわよ〜? それに眠いしね。で、消去法でいったらあんたしかいないわけ。わかった?」
「そうか〜。それじゃあ仕方がねェよなぁ……って誰が言うかよ! 何だよその勝手な言い分は!」
往生際の悪い狙撃手は、振り返った航海士の視線にビビッた。しかし、ここで引けば終わりだと思って堪えた。引かない構えを感じ取ったナミは、悪魔の微笑みを彼に向けた。
「バカね〜。あんたが一生懸命やって、使う前よりもピッカピカにしていたらサンジ君は大喜びしてあんたの事を私の次に大事にするんじゃない?」
「……」
何気に要求が増えている気がするが、ウソップは何も言わなかった。反応がないからナミは思いつく限りの観測を述べる事にした。
「きのこ類を食べさそうなんてしなくなるかもよ?」
「! そうか?」
「あんたが死ぬほど嫌いなのは知ってるからね。ほら、サンジ君って私やロビンの嫌がる事なんて絶対にしないでしょ?」
「確かにそうかもな!」
「それに、私も感謝するわよ? サンジ君のために頑張ってくれるんだもん。皆だってあんたがしてくれたって知ったら見直すと思うわよ? 私があんたがしたって言うし」
「え? そ、そうか?」
なかなか勘の鋭い狙撃手だが、おだてにはとことん弱い。早くも持ち上げる言葉を言えば、思った通りの反応が返ってきてナミは内心ほくそ笑んだ。しかし言質を取るまでは気づかれてはならないので、最後の仕上げに入る事にした。
「チョッパーなんてゾロを見るのと同じ目であんたを尊敬の目で見るでしょうね。ルフィだって参ったって言うかもね」
「そうかなぁ」
その様子を思い浮かべて彼は頭をかいて照れていた。心の中でナミは高笑いを上げていた。
「私やロビンやサンジ君は絶対に言うと思うわ。キャプテン・ウソップって!」
「おおっ! そうか?」
「もちろんよ。キャプテン?」
「ようし! このキャプテ〜ン・ウソップに万事任せてくれたまえ!」
「じゃ、よろしくね!」
「おう!」
ウソップの返事を確認して、ナミは欠伸をしながら部屋に戻った。
「ようし! あいつらを驚かせてみせるぞ!」
ドアを閉める間際に聞こえたウソップの気合いの声に、ナミは頑張ってねと心の中で呟いていた。
─END─
―おまけ―
「ぶえっくしょん!」
盛大にくしゃみを上げたサンジはぼんやりとした表情のまま身体を起こした。かけられていた毛布にくるまって再び眠ろうとしてハッと目を見開いた。周囲を見渡すとそこは甲板で、自分の他には誰もいなかった。
「ううっ!」
ものすごい頭痛に頭を抱えながらサンジは昨夜の事を思い出そうとしていた。確か後片づけをしようと甲板に出たらナミが来て、彼女の勧めるままにジョッキを仰いでいたら……と、そこから記憶がないのに慌てた。他に覚えているのはナミが可愛かった事。
それ以上は何も思い出せないし、何より頭がガンガンと痛いので、サンジは記憶を手繰り寄せるのを止めた。ため息をついて後片づけを始めようとしてそこが綺麗になってるのに初めて気づく。
「……?」
目を瞬かせてもう一度見るとやはり綺麗に片付けられている。誰がやったんだろうと首を傾げながらサンジはキッチンに向かった。
中に入ると疑問は解けた。テーブルに突っ伏してウソップが寝息を立てていたからだ。確認していったら手を抜かずにきっちりこなしてくれたらしい。サンジは疲れて眠りこける狙撃手に微笑んだ。
今朝は簡単なものですますかと考えて準備を始めたが、それらの音で彼が目を覚ます事はなかった。よっぽど疲れたんだろうと思ったサンジは、今夜の夕食はウソップの好物にしてやろうと思った。
「おはよう、サンジ君」
すると扉が開かれ、早起きの航海士が機嫌よく入ってきた。その声で彼の頭痛はどこかへ飛んでしまったかのようだった。
「おはようナミさん! あぁっ! 今日も一段とお美しい!」
「ありがと」
ニッコリ笑ってサンジに答えたナミは、自分以外の訪問者の存在に気づいた。そうして朝の二人きりの時間を邪魔されたように感じてちょっとむくれた。その心の動きを読んだらしいサンジは締まりのない顔をして彼女に近づいて腰に手をやり引き寄せた。
「んっ、やっ! ウソップが起きるでしょ!?」
「え〜? だってこんなに可愛いナミさんを見て、放っておけねェよ」
彼が起きないように囁き声で交わすやりとりは、それだけで何やら二人を妙な気分にさせていた。尚ももがく彼女に、サンジは躊躇いもなく口づけた。
「黙って」
呆気にとられたナミの額に自分のおでこをくっ付けてサンジは囁いた。そして再び口づけた。ナミは無言で彼の首に手を回し、背伸びして腕に力を入れた。サンジも腰にやった手に力を入れて抱きしめた。
「ん〜?」
くちゅくちゅと妙な音が聞こえてきたので、目覚めに近づく睡眠になっていたウソップはくぐもった声を出して目をうすく開いた。
緩慢な動作で身体を起こしたウソップは、昨夜片づけを終わらせると疲れてそのまま寝てしまったんだなぁと思い出しながら部屋を見回した。そしてそこに一つの影を見い出して顔をそちらの方へと戻した。ウソップはまるで昨夜の続きかと言うように、二人が夢中でキスしてるのを見つけた。
「……朝っぱらからお盛んなこって」
その呟きが聞こえたのか、女の方が男から離れようともがき始めたが、男が離れないので背中に回していた手で彼を叩き始めた。
「んっ! んん〜!」
しばらくして渋々解放した男に、女はバッと離れた。
「今さらそんな風にしなくても知ってるんだから気にすんなよ」
呆れたように声をかけるウソップにナミは真っ赤になった顔で睨んだ。
「大体、昨日の事に比べたらこんなの何でもねェだろ?」
「……昨日?」
サンジがそれを聞いて不思議がったので、記憶がないのを悟ったナミは追求される前に慌ててウソップを攻撃し始めた。
「うるっさい! この覗き!」
「なっ……! 人が眠ってる傍でヤる方が変だろうがよ」
「何だとこのクソっ鼻!」
コックが本気で怒ってるのは、ナミにかけた言葉の事以上に邪魔された事の方が大きいだろう。ウソップは立ち上がって肩を竦めた。
「はいはい。俺は部屋に戻って寝直すからよ。続きはその後にしてくれよ」
言ってドアに向かった彼にサンジは問いかけた。
「あ、片づけはお前一人でやってくれたのか?」
ウソップが答えるよりも早くナミが答えた。
「そうよ。ピカピカにしてって言ったら快く承知してくれたのよ」
「へぇ〜。ありがとな」
「ま、まぁな! それぐらいはしないとな。何せお前の誕生日だったんだからよ。このキャプテ〜ン・ウソップにお任せだ!」
ドンと胸を叩いて鼻高々に言うウソップに、サンジはにこやかに口を開いた。
「さすがキャプテン。よく気づくな。今夜はお前の好物にしてやるから楽しみにしておけよ?」
「本当か!?」
目をキラキラさせて喜ぶウソップに、ナミは言った通りでしょ?と目で語った。そして、するっとサンジの腕に手を絡ませて見上げると、柔らかい感触に歓喜してハート目で彼は彼女を見返した。
「あのね、サンジ君っていつも私たちのために働いてくれてるでしょ? だから誕生日くらいは休んでもいいんじゃないかって思ったの」
「じゃあ、発案者はナミさん?」
「ああ、そうだぜ? 何だかんだ言ってお前って結構想われてるよな」
ウソップの合いの手に、サンジはナミを抱きしめた。
「ちょっ……!」
「さっすがナミさん! そうだよな〜。男どもがそんな事を思いつく筈がねェよなぁ」
うんうんと頷きながら呟くのを見てウソップは苦笑した。そして、不安そうにサンジに確認をとってみた。
「サ、サンジ君? 今夜の俺の好物ってのは変更はないよな? な?」
「ん? ああ、心配すんなって。やってくれたのはお前なんだろ?」
「そうそう」
「ナミさんのこの美しい手を汚さなかったんだからな。当然さ」
そう言いながらサンジは彼女の手を取ってうっとり見ていた。
「じゃ、じゃあ俺、寝直してくるわ!」
慌てて立ち去る彼の姿を見遣るものは誰もいなかった。
足音が聞こえなくなると、サンジは彼女を少し身体から離して見つめた。
「ところでナミさん、昨日何があったの?」
「うっ……」
はぐらかせたと思っていたが、そうではなかったらしい。ナミは冷や汗をかいてしまった。サンジは抜けた記憶が気になるらしく、彼女が話し始めるのを待っていた。
「あ、あの……」
「うん?」
「皆の前でこんな風にしてたみたいなの」
「そうなの?」
「うん」
「サンジ君も私もすごく酔ってたから……」
ナミも全てを覚えてないので嘘は言ってない筈だと自分に言い聞かせていた。サンジは何やら腑に落ちない表情だったが「なぁんだ」と呟いていた。
それを聞いてホッとしたナミはちょっと疑問に思った事を聞いてみた。
「ね? ウソップなんだけど、それでもキノコは食べさせるの?」
「ん? そりゃ当然だろ?」
「そっか」
さっきの話は終わったとばかりに聞いてくるナミに、彼女の恋人は何でそんな事を聞かれるのか解らないというような顔をしていた。彼女はそれにふわっと微笑んだ後、これからのウソップの受難を思って今度はおかしそうにクスクス笑っていた。そんな風に表情を変えて笑う彼女に惹かれて彼はその唇に吸い付いた。そして船長がやってくるまで二人はいつまでもキスをしていた。
勢いで書いたサンジ誕小説です(笑) 勢いで書いた割には長くなってしまいました。いや、ちょっとHっぽいシーンを入れたかったので、それを書くと文字数が増えてしまったのですよ(笑) そして、最後をどうやって終わらせるか考えてなかったので、オチの見えたラストになってしまいました(苦笑)
昨年のとちょっとだぶってるシーンもありますが、まぁ、宴会をしてるのですから酔うのは当然あるシーンだろうと少し開き直って書きました(苦笑)
タイトルになんの捻りも無いのは、これが思いつきで書いた話だから(汗) 今回はタイトルが先に浮かんだのではなくて、話が……誕生日に宴会をする麦わら団というのが浮かんだんです(笑)
サンジに何をあげたいのかは容易に想像できてしまいますがいいんです! 要するに甘々なサンナミが書きたかっただけなので(笑)
最近の作品はあまりなかったし。だから反動で書いてしまったのかも。
偶然だけど、この副読本の32番目にサンジ誕生記念小説だなんて、ちょっと嬉しかったりして(笑)
ワカメ酒って言葉を絶対に入れたくていちゃいちゃを長く書いたのかも(笑)